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スプリング・コンサート2009

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    2009年6月27日のスプリング・コンサートの写真たち
 
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初マタ日記 Feed

2012年12月15日 (土)

退院

入院して12日目。
遂に退院の日を迎えました。

入院した日は、まさか10日以上入院することになるとは想像もしていませんでした。
最初に入院日数を聞いた時は、途方もなく感じたけど、快適な入院生活でしたの
で、振り返ってみれば、あっという間でした。

絶飲食で寝たきりだった3日間。
点滴につながれて、寝返りを自由にうつことできず、ベビーを見に行くことも、自分の手で抱くこともできず。
回復食が始まり歩行を再開して、傷の痛みに前かがみでしか歩けず、笑うことも、くしゃみすることも、他にもいろいろ、傷に障る行為があって、本当に回復していくのか。。と、気持ちがくじけそうになったり。
少しずつ、できなかったことが再びできるようになり、痛みも減り、健康ってありがたいなぁ、と、心から感じました。
ベビーのお世話も、少しずつできるようになり、母乳での授乳も始めることができ、
日常生活で不自由ない程度には、しっかりと回復できました。
長いと思ったけど、ベビーと一緒に外で生活を始めるには、これくらいの日数はやっぱり必要でした。

朝から外来で診察を受け、私もベビーも問題なし、ということで、正式に退院が認められました。
ちょうど予定帝王切開の人がいて
「今日から3日間ベッドの上で過ごすことになりますよ。」
と看護師さんに言われているのを聞いて、12日前、私は帝王切開をしたらその後の入院生活がどんな風になるのか、まったく知らないまま手術台にのってしまったなぁ、なんて思いました。
知らなくて良かったような気もします。
病院で最後の授乳をして、退院用の服を渡してベビーも退院準備。
母が迎えにきてくれて、晴れて退院。

寒い日が続いていたようですが、久しぶりに寒さが緩んだとのこと。
太陽が差していて、初めて直射日光を浴びたベビーがまぶしそうにしてました。
実家に帰宅して、しばらくベビーはおとなしく寝ていたのですが、ベビーと過ごす部屋の裏にある家が工事中のため、金属音がひっきりなしに響いていて、どうやらそれが耳障りだったようで、一度目が覚めたら、授乳をして寝かしつけても、すぐに目を覚まして泣き出して、最初から洗礼を受けたって感じでした。
環境が急変して、びっくりしたのもあるのでしょうが、飲ませても飲ませても満足しない。
どうなってるの?な位、何度も飲んで、部屋も私が以前、生活していた部屋に移動したら、夕方、ポテッと寝てくれました。
正直、実家で良かったなぁって思いましたね。
夜遅く、ダンナ氏が帰ってくるまでベビーと二人きりの生活だったら、ちょっと気が滅入っていたかも。

これからの生活のリズムは、試行錯誤ですね。まだベビー自身のリズムも分からないし。
もちろん、成長するにつれ、変わっていくものでしょうし。

いつもなら、12月の金曜日なんて忘年会で絶対に早く帰宅することない父が、いそいそと早く帰ってきました。
先週末、母とケンカして今週はずっと自宅に戻ってなかったようなんですが、孫がいるとなると、気になって帰ってきたようです。
ちょうど泣いているベビーを抱っこして泣きやまし、
「どや、僕の方が抱っこ上手やろ」
と、ドヤ顔してました(笑)
初日は自分で苦戦しながら沐浴もさせましたが、父の方が圧倒的に沐浴は上手なので、たまには父に手伝いをお願いして、これまたドヤ顔で沐浴してくれるのを見てるのも良いかな、と。

2012年12月13日 (木)

あともう少し

入院して十日目。退院の日が見えてきた。

今朝は、ダンナ氏が役所に出生届を出しに行くため、午前中は休み。いつも6時にモーニングコールしてたけど、今朝はしなくていいから、検温で起こされるまで寝てました。

午前中は、朝食後の授乳が終わったら、特にメニューなし。でも、北朝鮮のニュースや角田被告の自殺などのニュースを知り、なんとなく落ち着かない。やっぱり、子どもを産むと、この子が平穏無事に育っていける環境を以前より強く願うようにまりました。でも、今の日本は全く逆の方向に動き出してる気がしてなりません。今回の選挙は、本当にキモになるんだろうな、と。私自身は、投票にいけそうにないですが、一応手元に投票の案内は持ってきてもらったのであります。

役所や保健所に手続きに行ったダンナ氏から、何度か確認の電話が入ったけど、役所関係の手続きは、無事に終わったみたい。会社の方の手続きが、引き続き滞りなく処理されますように。年度末だからね。

午後は、授乳の合間、倒れるかのように眠気に襲われて寝てました。栄養士さんの調乳指導が途中で入り、なんとか復帰。夕方は、フェイシャルエステを受けました。こういうサービスがあるのが、個人病院の良さですね。入院してから、肌の手入れなんて、気にかけてる余裕が無かったので、嬉しかった。荒れ放題でしたが、少しは良くなったかな。

授乳って体力消耗するのか、一回一回、終わったら眠くなります。病院だから、ある程度、スケジュールにのっとって授乳をするから、時間になったら起きなきゃ!となります。その代わり、夜はずっと寝かせてもらっているからな。退院したら、どんな生活になるんだろう。

2012年12月12日 (水)

一周年

入院して九日目。

ダンナ氏と出会って一周年。会った日に、この人と結婚するかもって思ったけど、まさか子どもまで出産しているとは想像もしてなかった。あの日があって、今日がある、なんて感慨にふけったりなんかして。

朝の授乳後、実際にベビーの沐浴をしてみる。これまでに何度も見てきたけど、実際に沐浴させるのは初めて。耳にお湯が入らないようにするのが大変だな。実家にいる間は、父にも頼ろう。また、ドヤ顔でいれてくれることでしょう。

妹が暇つぶしと貸してくれた本を読み始める。頼んだ訳じゃないけど、読まないで返す訳にもいかないし。とりあえず、中谷美紀のインド旅行記を読み始める。疲れて寝てることが多いから、意外と暇な時間ってあってない感じ。

午後、超スピード安産があったみたい。到着して分娩室に入って即、出産、みたいな。夕方、新生児室に男の子が増えてました

今日から毎日シャワーを浴びて良いと許可おりたので、シャワーして全部着替えて、気持ち良いなぁって思ってたら、その後の授乳で、大量に吐き戻しされて、着替えたばかりのパジャマが汚れたのでした。。母がライブで忙しくて、洗濯したパジャマを持ってきてくれてなかったので、仕方なく汚れたところを手洗い。ライブは明日だから、明日は何も頼めないしなぁ。こういう時に限って、というやつだ。大量に吐き戻したけど、ベビーは機嫌良し。欲しがるままあげてたけど、かなり飲むので、飲みすぎてたんだな。今晩は、看護師さんに授乳をお願いすることにして、就寝。

2012年12月11日 (火)

1週間

入院して八日目。二回目の月曜日。先週の今日、出産したと思うと感慨深い。

早朝5時前に看護師さんに起こされて授乳。これまで保護器をつけていたけど、一度なしでやってみましょう、と、始める前にかなり痛いマッサージを受ける。ベビーの抱き方や支え方などもサポートしてもらいながらトライ。片方だけ、なんとかできた。日々、練習だなぁ。少しずつ、できるようになってきているので、母乳をどれだけ飲めているか、前後で体重を計ってチェック。

流石に朝はむにゃむにゃしてました。朝の点滴も今日でラスト。左腕には、いくつもの点滴の針跡ができました。朝食後の授乳が終わったら、朝寝。でも、沐浴指導だ、心電図や骨密度の検査だと、起こされる。足のむくみ解消に、コンセランを使わせてくれて、気持ち良さにまた、ムニャっとなる。

昼食は、薬膳料理。効能書きが最初に配られるので、チェックしながら食べる。午後イチは、外来で診察。ほぼ全員個室状態なのに、知り合いのようなお母さん達がいるのだろう?と思っていたのだけど、謎が解けました。私は帝王切開で回診してもらっていたけど、普通分娩の人は毎日、午後イチに外来で診察を受けてるから、待合室で顔を合わせるんだ。私は今日からやっと普通分娩の人たちと同じ扱いになったのでした。診察で、手術時の金属を外してもらう。今は切っても縫わないで、ホッチキスみたいに金属で留めるのです。金属を外したけど、絆創膏とコルセットは、3ヶ月くらい続けないといけない。冬で良かったなぁ。ダンナ氏が、水曜日に出生届を出したいと言ってきたので、退院前だけど書類を準備していただく。

昼の授乳が終わったら、目覚ましかけて昼寝。アラーム鳴るまで爆睡。夕方の授乳中に、小児科検診が入る。途中で邪魔?が入ったので、ベビー大泣き。今回から健診にも付き添う。今のところ異常なし。

夕食は、フルコースディナーの日。今回もゴージャス。デザートまで
堪能。夜の授乳のタイミングで母が顔を出してくれる。届け出用の書類を妹が会社帰りにダンナ氏に届けてくれることになったので、取りにきてくれたのだ。

手術後、退院までに自分の体がどこまで回復するのか不安だったけど、日常生活に支障ないくらい、痛みもとれて動けるようになってきてます。本当にありがたいことだ。。

2012年12月10日 (月)

面会日和

入院して七日目。

本日は日曜日。外は雪がチラついたりする寒い日のようだけど、院内は空調で暖かい。

朝食が終わったら、授乳のため、新生児室にベビーを迎えに行く。今、5人のベビーがいるけど、私のベビー以外は女の子。両手と両足に花、である。授乳は少しずつ、慣れていけばいいや。

午後の面会時間、日曜日だから家族連れが多い。私の所にも、ダンナ氏の両親に実家の両親、イトコ(兄)一家が来てくれた。一番最後に来たのがダンナ氏。皆、ダンナ氏待ちになってしまい、二人部屋を一人で使っているから良かったものの、病室が人が溢れてました。イトコ(兄)は、弟に第二子が産まれたところなのに、お祝い持って先に私のお見舞いに来てくれた様子。弟のお嫁さんは大阪市内の病院で、私は彼らの自宅近所の病院だから、近場から来たのだろう。9ヶ月の娘ちゃんもベビーを見て、反応してました。子ども同士も仲良しになりますように。

病院の食事は豪華でボリュームあるし、絶飲食の後だから胃が小さくなってるから、食べ物は持ってこないでとお願いしていたけど、ヨーグルトやプリンなら食べられるかと思って、とダンナ氏のお母さん。まぁ、要らないと言われていても、何かと心配で食べさせたいのが親心か。私の母に、
「退院後に、うちの嫁がしばらくお世話になります」
と挨拶していて、
あ、そうか、私は嫁ぎ先の嫁やねんな
と思う。実家の両親の娘であることに変わりはないけどね。

父が、妹から預かったという入院中の暇潰しに準備してくれた本を持って来てくれたけど、そのセレクションが謎。座禅断食の本が二冊、それも付箋紙付き、中谷美紀のインド旅行記全三巻、ラコタ族の癒しの言葉の本、「食堂かたつむり」、「西の魔女が死んだ」小説はともかく、何か啓蒙したいのか?特に座禅断食って。。入院の最初に絶飲食のプロセスがあったからなのか。。

夕食は、ダンナ氏家族と私の両親で行ってもらい、終わったらダンナ氏だけ病院に戻ってきて、面会時間ギリギリまでいてました。授乳中からずっと話しかけたり、終わっても抱っこやら何やらと、ベビーに構いっぱなしのため、ベビーは眠れず。ダンナ氏が帰った後、やれやれって感じで寝てました。

いろんな人が面会に来るは嬉しいけど、私も疲れました。。

2012年12月 9日 (日)

よんまる

入院して六日目。

病院で、40歳の誕生日を迎えた。39歳の一年は、激動の年だった。なんとか滑り込みで結婚、退職、出産を体験した。思えば去年の今頃は、ダンナ氏と見合いしたくなくて、やきもきしてたんだっけ。断ってたら今の自分がいなかったと思うと、人生って面白い。

出産してみて、これまでの誕生日感が、ガラッと変わった。自分がこの世に生を受けた日ではあるけど、母が大変な思いをしながら自分を産み出してくれた日。自分一人で、出てきたんじゃないんだな、と今更ながら実感します。

朝の授乳の後、昼食で起こされるまで、ベッドで爆睡。たかが一回の授乳だけど、二人で格闘中なので、どうしても疲れる。ベビーもミルク飲みながら、最後の方はウトウト。

昼食後、先生の回診でシャワー解禁となる。清拭してもらってだけど、洗髪できてなかったから嬉しい。

午後は、母子同室。授乳で満足できなかったかして、ベビーは眠らないでいる。今日は、おやつが出る日なのだけど、おやつが来た時点で泣き出す。次の授乳まで一時間。練習してみようか、なんて言って泣かれる。仕方ないので、抱っこであやしてなだめながら、お茶を入れておやつ。

次の授乳は、やや機嫌悪め。でも、まずは練習。ミルクにして、ホッとしたところで、母と妹が誕生日なので、お赤飯持って面会に来てくれる。それと、入院する朝、持って出ようとして忘れたどら焼き。帝王切開で絶食になったから、持って出なくて正解だったのだけど。

妹は、ベビーと初対面。実物を見て「やっぱり120%お父さん似」と笑う。

母が、イトコ(弟)の第二子が、昨日無事に産まれたと教えてくれる。3時間の安産で、3600gの男の子だとか。私のベビーと1キロも違うから、同じ新生児でも、大きいのでしょうね。普通分娩だから、私より4日後の出産だけど、退院は2日も早い。ま、仕方ないこと。これで、イトコ一堂の出産が終了。皆それぞれ、トラブルを抱えながらの妊娠でしたが、全員無事に出産できて良かった。次に法事などで集まる時は、ベビーだらけで、保育所みたいになるね。

ベビーは、ミルクを飲んで、やっと満足したようで、母と妹が見てる中、夢の中へ。午後イチの授乳後、眠れなかった分、ぐっすりでした。 私は、夕食後にシャワーして、全部着替えて、さっぱり。今回の出産で、これまで当たり前のようにできてたことが、自分でできなくなり、介助してもらったり、できなかったことが、一つずつ、再度できるようになって、ありがたみを実感したり、いろんな面で、これまでの価値観などをリセットさせられたな、と思います。

2012年12月 8日 (土)

格闘

入院して五日目。

今日から普通食。いきなり病人食じゃなくなった。私が入院してる病院は、食事がおいしいと評判なのだ。朝は、サンドイッチにカフェオレだった。

午前中は、乳房マッサージの動画を見てお勉強。その後、助産師さんに乳房のチェックをしてもらう。朝から右の乳房から乳汁が滲み出し、胸が張り始めてた。手術で出産して、これまで何もしてないから、母乳はどうなるのかと、不安が少しあったけど、身体は母になってきたらしい。

昼からオペがあったようで、バタバタしてる。夕方、保育器に女の子が入ってた。もう一人、普通分娩で女の子が産まれたよう。

午後から初授乳に挑戦。ベビーも私もお互いに練習。私の乳房は授乳向けになってないから、頑張って含みはするものの、飲めなくてイラだつベビー。途中でミルクに切り替えたら、やっとゴクゴク飲めて、ホッとした顔。しばらく母子共々練習です。

子どもの頃にやってたから、おむつ交換や抱っこしてのミルクはすぐ慣れたけど。さすがに授乳は初めてだから、すぐにできない。

夕食は、シェフのフルコースの日。本当にシェフが運んで来てくれます。すごーい。写真撮っちゃった。普通食に戻った初日だったけど、完食。デザートが、後で、別のお皿で出てくるの。すんばらしい。

夜の授乳は、最終だけパスさせてもらった。それでも、母子共にぐったり。

東北で、また大きな地震があったと知るも、病院の中で今日の外の天気や気温も感じられない生活で、なんだか自分の感覚が鈍くなってしまったと思う。

入院してから、自分の身体とベビーのこと以外、本当に気がまわらない。

2012年12月 7日 (金)

歩行開始

入院して四日目。
朝から尿の管も外される。
ただし、朝食前に30分くらいの点滴がこれから毎日ある。

点滴終了後に朝食。少しずつ、食事らしくなっていく。食事すると、眠気に襲われ眠ってしまう。

3日間寝たきりだったので、最初の歩行は看護士さん付き添いで。ちょっとフラついたものの、なんとか歩ける。ただし、お手洗いが大変。それに、身体を動かすと切開の傷口が痛むこと。。筋肉痛もあちこち発生している。この数日、無理な姿勢や、あちこちかばいながら動かしてるせいだと思う。

とはいえ、看護士さん達から、スタスタ歩いてるわね、と言われる。全体的に回復も良いらしい。もっとグタッとしてる人が多いらしい。

昼食は、椅子に座って食べてみました。いつまでもベッドの上じゃね。。

午後、母方の叔母が面会に来てくれる。イトコ(弟)の第二子出産が間近。おしるしがあったそうなので、近日中に産まれるでしょう。去年夏の妹の出産以来、ベビーラッシュなのです。イトコ全員、一人の漏れなく授かったので、そのうち皆、一緒くたに仲良く育つわね~、と叔母。ちょうどミルクとおむつ交換の時間にかかったので、付き合ってくれました。

初めて我が子を抱いて、ミルクを飲ませました。確かに、よく飲む子で、安心です。これは私に似てるみたい。

抱っこやおむつ換えも、恐々ではないので、看護士さんから
「小さいお子さんに慣れてますか?」
と尋ねられました。
子どもの頃に、歳の離れた妹の世話をしてましたし、去年産まれた甥っ子を抱っこしてきてますから、多少は慣れてるかな。恐々触るってことはないです。

夕方、母が洗濯物を持って来てくれました。代わりにまた、洗濯を頼んだのですが。帝王切開で、予想以上に入院期間が長くなってしまったから、洗濯してもらわないと、間に合いません。

夕食後、ベビーにミルク。食事すると、猛烈に眠くなります。

面会時間ギリギリで、ダンナ氏がやってきました。短い時間でも、ベビーの顔を見たいって。ミルク飲んで、すっかり寝入ってたので、
「お父さんが来ましたよ~」
と、声をかけるのみ。ベビーも声に反応して、なんとか目を開けようとするも、ムニャっとまた夢の中へ。

もう一度、ミルクの時間があったけど、疲れが出てしまったので、新生児室で預かってもらい、私は倒れるように爆睡。

2~3時間で必ず目が覚めるのだけど、眠りは深い気がする。たいしたことをしなくても、手術後の身体は、やはり疲弊しているみたい。。

2012年12月 6日 (木)

回復食

入院して三日目。
数時間おきに目が醒めるものの、夜はよく眠ることができました。でも、点滴生活のおかげで手も顔も足も浮腫みが。。

三日目から回復食がスタート。朝は重湯とオレンジジュース。食べることができるって、すごくありがたいこと。

先生の回診で、今日の晩で点滴終わって、明日から歩行するから、無理のない程度に足を動かしたりしておくよう、指示が出る。

食事をしたら、眠気が襲ってきて、また寝てしまう。基本、何もすることがないからヒマ。

そうこうしてるうちにお昼。今度は五分粥と梅干し半分、オカズ一品とリンゴジュース。

昼食後にガーゼ交換に回診。今後の入院スケジュールについて説明を受ける。帝王切開だと、経過が良くても入院は12日間。長いけど、仕方ない。

点滴の交換や検温以外はやることないから、携帯を触ったり、iPad触ったり。で、眠くなったら寝る。

17時頃に夕食。内容は、昼食のオカズ一品が少し違うだけ。不思議なもので、食べるようになってからの方が、お腹が空くようになってきた。絶飲食の時は、全く感じなかったのに。それだけ体力回復してるってことか。

夕食終わりかけで、両親が面会に来る。新生児室でベビーを見たと言うけど、面会がないと、私がベビーに会えないので連れてきてもらう。ちょうどミルクを飲んで、寝たところらしい。

今のところ、120%ダンナ氏にソックリな男の子で、良かったんじゃないの?と。実家の両親的には女の子が良かったってのは本音としてあるのは知ってるけど、嫁がした身としては、跡継ぎを産んで嫁の仕事一段落、みたいな気持ちもある様子。

退院は、14日になりそうと伝えると、その日なら大丈夫と母。12日が終わるまで忙しくて手が離せないからって。相変わらず、孫より趣味が大切な人です。ここで、孫命に変わられても困るけど。

夜、最後の点滴が終わる。腕から管が外れてホッとする。とはいえ、毎朝の点滴があと4日間あるけど。

ダンナ氏は、来れない代わりに、何度も電話してくる。行けない日は、写メ送って、とか。お正月挟んでしまうから、あと1ヶ月は別居になりそうだしな。。切ないけど、仕方ない。

2012年12月 5日 (水)

痛みに強いというか

帝王切開で出産したので、月曜朝から木曜朝まで点滴に繋がれて、ベッドでの生活が続いてます。

出産初日は下半身の麻酔が残っていて、身体を動かすことができず、夜も眠ることがあまりできませんでした。

看護士さん達から、痛み止の量がとても少なく済んだこと、点滴してる腕もキレイだし、痛みを訴えないから凄いって言われました。

元から、痛みに強いというか、鈍いのです。お医者さんに行って、
「こんなになるまで放っておくなんて。。痛くなかったの?」
と言われたことは何度もあります。

手術の傷口もですが、子宮の収縮が始まりました。母から、出産後の子宮の収縮は、陣痛並に痛いと言われましたが、確かに痛い。最初はやり過ごせる程度だったのが次第に長くて痛みも強くなってきました。でも、なんとか薬なしでやってます。

朝から先生の回診で、身体の向きを変えて良いし、ベッドも頭を上げて良いと言われました。と言っても、簡単に体勢を変えることはできません。動かすとお腹の傷口が痛むし。それでも、身体の向きを変えると、少し楽になってきました。

午後の回診で、お腹の傷口の消毒や処置、おしものチェックなど、また痛いメニューが続きましたが、なんとかクリア。

その後、清拭してもらって、手術着から持参したパジャマに着替え。そして母子写真の撮影。抱っこできないから、横になったまま、ベビーを横に連れてきてもらっての撮影。やっと近くでベビーと対面できました。全てが小さくて、この子がお腹の中にいてたとは。。

ベビーはへその緒を首に巻いてたし、私の骨盤が小さかったから、普通分娩だったら、かなりの難産だってたでしょうね、とのことでした。ベビーも小さくて、体力があまりなさそうだったから、ベビーの健康、安全を第一にしたら、帝王切開で正確だったみたい。

撮影後、ベビーは新生児室に戻り、夕方、母が来たときに再度連れてきてもらいました。といっても、私は眺めることしかできないけど。母が、「誰が見ても間違うことない男の子顔やね」と。甥っ子は、産まれた当初、妹そっくりでしたから。それと比べると、我が子は120%ダンナ氏そっくり。私の要素が見えません。

夕方、ポカリスエットの食事?やっと水分を口から取りました。こんなのでも、すぐにおなかいっぱいになりました。

夜、なんとかダンナ氏が駆け込みで面会に来ました。看護士さんに教えてもらいながら抱っこしてみたり、すっかり親バカ炸裂させてました。そんな姿を見てると、お父さんにしてあげれて良かったなぁ、と思いました。仕事が忙しいから、次は週末に来るみたい。

ベビーは、さすが私の子、しっかりミルクを飲んでるそうです。小さく産まれた子は、飲みっぷりが悪いケースが多いらしいですが、その辺りの心配はないみたい。私も新生児の時、飲みっぷりが非常に良い子だったそうです。

とりあえず、寝てるしかない毎日ですが、私の手術後の体力回復第一です。