お嫁さまへの道

2012年4月22日 (日)

32 人はそれを婚前旅行と呼ぶ

「お嫁さまへの道」第32話。
タイトルがなんですが、そのまんまです。

2月の連休(土日休みの人には普通の週末でしたが)にダンナ氏と出雲旅行に行きました。
ちょうど出会って2ヶ月記念日。

この旅行を決めたのはお正月に会った時。まだ4回しか会ってなかったので、旅行に誘われた時、
「えーと、旅行って一緒の部屋に泊まるんやんね?もう結婚の約束もしたし、今年40歳になるからカマトトぶったりしないけどさ、それでもさ、あのさ?」
と、私の頭の中ではぐるぐるといろんな声がまわり、返事として「いいよ」って言ったのですが、ダンナ氏いわく、かなり恥ずかしそうに答えてたそうで、そこがまた「萌え」だったらしい。

ダンナ氏は誘った当初、プロポーズ旅行にするつもりだったようです。でも、本人たちの予想以上に話が早く進みすぎたので、旅行の時には両家顔合わせは終わり、挙式の会場、日取りまで決まっており、プロポーズするまでもないというかなんというか。プロポーズ旅行のはずが、ただの「婚前旅行」となったのでした。

お互いに両親から「今週末はなんで帰ってこないのか?」と言われて「前から旅行するって決めてたし。。」と、誰と行くとは口を濁しての出発。(ダンナ氏のご両親が結構古い考えの方で、「いろんなことは結納が終わってから」みたいなところがありましたので。)

付き合いが浅く、1ヶ月過ぎからデートというより打合せになってしまって、ゆっくりいろんなことを話す時間を持てなくなっていたので、この旅行は二人で二日間、旅行しながらお互いの過去について、未来について、たくさん話をすることができて良い機会になりました。

出雲大社にお参りしていただいたご縁に感謝し、旅館では、すっかり夫婦扱いされてちょっぴり照れたり、カニ尽くしで海産物を堪能し、温泉にもつかって、とてもリフレッシュしました。

こんな風に二日にわたって二人でのんびり一緒に過ごせたのは今のところこの時だけ。次は結婚後までお預けですね。

2012年4月21日 (土)

31 式場探し(その2)

「お嫁さまへの道」第31話。この頃から、ダンナ氏とは会ってもデートじゃなくて結婚準備のための用事ばかりになります。

某神社での結婚式にNGが出たため、仮予約してましたが、キャンセルして式場探しをすることになりました。
それから、結納でもらう婚約指輪も探さないといけません。
急ぐのは結納の日が決まっている指輪なので、そちらを優先。
婚約指輪は、父の大学時代の友人(もう亡くなられましたが)の宝石屋さんでまず見繕うことに。お店に行ってみたら、展示会のためお休み。
とりあえず何か見ておかなくてはと、百貨店のジュエリー売り場へ。私が思い描いているようなものがない。
普段から貴金属類を着けない人が、そう簡単に見つけられるものではないですね。

ひとまず、指輪は母に相談することにして、式場をどうやって探そうかな。。と歩いてたら、百貨店のブライダルのコーナーで「ブライダルフェア開催中」の看板を発見し、とりあえず行ってみました。

見ても分からないから、話を聞いてみることにしました。
神前式希望でしたので、会場はおのずと限られることが分かりました。
親戚たちのアクセスを考えて、梅田か難波のどちらかにすることにして、それぞれ1軒ずつ見学させてもらうことにしました。
動けるのは日曜日だけ、そのうえ、なるはや婚希望のため、会場決定を急ぐ必要があり、無理をお願いしてその日に2軒ハシゴすることにしました。

難波のホテルは18時半から、梅田のホテルは20時半から、それぞれ予約してもらい、出かけて行きました。終了予定時刻は22時半です。難波のホテルは19時半過ぎには説明を終わってもらえるようにと、最初にお願いしてありましたが、それでも駆け足です。式場見学は通常2時間程度のようですが、私たちは「神前」と決めてましたので、チャペルは飛ばせるため少し時間短縮できました。

難波のホテル見学の前に少しだけ時間があったので、そこでダンナ氏タバコ休憩。
22時過ぎまで食事する時間もないから、少しおなかに入れて出発。

1軒目のホテルは、私たち自身もホテル見学は1軒目のため、何がどうかって、みたいな感じ。学生時代に室内清掃のバイトしてたり、友人の結婚式や、いろんな機会で何度も使っているホテルなので、慣れ親しんでいたせいかも。
ダンナ氏が「これ!っていう決め手がないなぁ。担当者の人が『うちのホテルで挙げてくれ!』っていう何か『押し』を出してくれたらいいんだけど」と言っておりました。私は「比較対象がないから仕方ないんじゃない?」と返しつつ、梅田のホテルへ。

2軒目のホテルは、宿泊したことがあるのでチャペルがあるのは知ってたのですが、神前式にもかなり力を入れているとは知りませんでした。室内にある立派な神前式用の施設と同じフロアにある和風の披露宴会場に驚きました。一般的にホテル内の神前式会場は親戚のみ参列できますが、ここはチャペル同様、親族以外のお客様にも参列してもらえます。
ダンナ氏が言ってた『押し』も、このホテルにはあったのです。案内してくれた担当者が男性だったせいか、ダンナ氏もリラックス?して話をして、うまくその自分が欲しかった『押し』を引き出すことができたのです。
お互いの両親の了解をとる必要はありましたが、二人の間ではこのホテルで挙げようと、仮予約だけでなく申し込み金も一部払ってきたのでした。(そのあたりも、担当者が上手に『押し』てくれたのです。)

終わったら22時過ぎてました。そこから夕ご飯を食べに行ったのですが、本当に疲れましたね。でも、気に入る式場を見つけることができて安心しました。
こちらの会場は私の両親からもOKが出ましたので、更に安心。。

2012年4月20日 (金)

30 困惑

「お嫁さまへの道」第30話。
家族と離れて暮らしているので、結婚準備をうまく進めるのは至難の業となってます。
お互いの思惑が離れていると通じにくいし、両親が欲しがっている情報をちゃんと渡せていなかったり、こちらの準備不足や認識不足も多々あり、苦労してます。「1を聞いて10を知る」の文化ではなく、意思疎通のために1から10まで懇切丁寧に説明しないといけない異文化の人たちと長く働いてきたり、私自身もアメリカに生活してたりで、日本的なナニカが欠落している部分があるのは自覚しているのですが、コミュニケーションについて苦労してます。

自分の意思だけでは決められない。
ダンナ氏との意思だけでも決められない。
私の実家の意思だけでも決められない。
両家が合意して初めて進む。

何かするたびに「実家に帰って両親に確認する」という作業を入れる必要があり、実家にあまり帰ってなかった私も2月は毎週のように帰ってました。

某神社での結婚式に私の家族からNGが出たため、式場探しをする必要が発生しました。
とにかく早く挙式してしまいなさい、と言われているので、のんびりしていられません。
ダンナ氏が動けるのは日曜日のみ。式場もだけど結納らしきことをする準備も必要。
2月はてんやわんやでした。
時間を作るのに、とにかく週末の予定は、すべてキャンセルしました。

当初、結婚は秋頃って考えていたのは、春コン終わってから準備をしたかったから。
でも、そういう訳にいかなくなり、春コンどうしよう。。と悩みました。
すでに指揮者としてエントリしちゃってたし、提案曲も提出済み。でも、やっぱりここで辞退しようか。。
かなり悩みました。今年は辞退して来年、と考えたりもしたけど、今年参加できないなら、来年はもっと参加できなくなる。この時すでに、私の中でひとつの予感がありました。
大変は大変だろうけど、とにかく今年の春コンは参加しよう。やりきろう。

このあたり、ダンナ氏は協力的っていうか、私がどれだけ趣味にお金と時間と情熱を費やしているかを知らなかったので
「やったらいいやん。コンサート、僕も見てみたいし。」と一言。
正式に結婚することが決まってたから良いものの、過去に同様のセリフを言っておきながら「趣味を優先し過ぎ」と破談になったことが数回あるので不安も少々。
ただ、ダンナ氏は土曜日は仕事でいないから、バレにくいかな、と思いました。

この決断は、今となっては正解だと思います。これまでも大変でしたが、これからもっともっと大変になっていくでしょう。無理をしてでも今年参加しておいて良かったと思っている理由は、そのうち明らかになります。

春コン以外、趣味習い事、先約は、涙をのんで全部諦めました。
最初はこなせるだけこなしてみようと試みたのですが、一つの身体では時間、体力、気力に余裕がなく、全部諦めないと、とてもじゃないけど間に合わないそうにありませんでした。
今、振り返ってみて、2月は本当に綱渡りの日々でした。

2012年4月19日 (木)

29 式場探し(その1)

「お嫁さまへの道」第29話。

結婚に向けて、具体的に動き出します。
両家顔合わせの時点で、ダンナ氏と出会って1ヶ月半。お互いがどういう人か、ということを知りつつある段階。まだまだ初々しい状態で、結婚すると決まっても、年内にできたらな。。という意識でしたから、どんな結婚式をしたいとか、具体的な話はしたことありませんでした。

なんとか無事に両家顔合わせが終わり、両親と仲人さんにご挨拶して別れたら、まずは「タバコ吸いたい!」というので、喫茶店へ。ずっとタバコ吸わないで過ごしてたもんねぇ。

その喫茶店で初めて「どんな式を挙げたい?」という話を二人でしました。
私はとにかくチャペルでは挙げたくないとか、プロフィール紹介ビデオはやりたくないとか、花嫁の手紙は絶対に読みたくないとか、「やりたくない」ことを列挙。とくかくシンプルなのが良いと。

キリスト教系の大学で、学校や同窓会館のチャペルで神学部長が式を執り行っているのを何度も見てきたせいで、初めて商業ベースのチャペル・ウェディングに列席したとき、外国人の牧師さんの妙なバイリンガルの進行に、ひっくり返りそうになったのでした。それから何度かチャペルの結婚式に出席したけど、なんで牧師さんは外国人なのかと、いつもいぶかしんでおり、私はあんなのやりたくねー、と、常々思っていたのでした。親不孝者なのでしょうが、バージンロードを歩くのも恥ずかしくてしたくなかったし。見る分には良いけど、いつか自分も、、なんて憧れはしなかったなぁ。

もう、とにかく私にとって恥ずかしい系のものはやりたくなかったです。その辺、先に結婚した妹も同じで、妹はチャペルで挙式しましたけど、プロフィールの映像なし、花嫁の手紙なし、同じように「あんな恥ずかしいこと、できるか」と言っておりました。やっぱ、似るんだな。

もし、ダンナ氏がチャペルでの結婚式じゃなければ!といったこだわりがあるなら、合わせても良かったのですが、そんなものあるわけなく、問題なし。

「私、神前が良い。」の一言で、神前結婚することに決まり。

そうとなれば即、行動。私がお宮参りや七五三でお世話になった神社へ。神社併設の結婚式場で
「予約してないけど、話を聞かせてもらえますか?」
とお願いしたところ、
「一通りの説明に2時間程度かかりますけど、お時間よろしいですか?」
とのこと。そんなにかかるの?と、ちょっと驚きました。
実際の式場や披露宴会場も見せてもらうので、時間がかかるんですね。父方の祖父母もこの神社で結婚式を挙げ、向かいの料理屋さんで披露宴をしたと聞いていたのですが、その会場も見ることができて、ちょっと感慨深かった。

で、思い出いっぱいの神社で挙式!と自分の中で決めちゃってたけど、そこから私の実家の方でこの件につき、一悶着あったのでした。この悶着については、書いて気持ちの良いものではないので書きません。

どんなに祝福された関係であっても、「結婚式」って簡単じゃないってことを、最初の最初に思い知らされたのでした。それは、準備が進んでいる今現在も。。「ああっ、めんどくさーっ」て思うことが多々あります。式が終わったら「やってよかった」って思うのでしょうが、元々、結婚式に憧れがなかったせいもあり、今現在は「結婚式なんてスルーしたかった」というのが正直なところ。。面倒なのは式だけじゃないか。。
(どれだけ大変な思いをしてるか、なんとなーく想像していただけるかと。)

2012年4月18日 (水)

28 両家顔合わせ

「お嫁さまへの道」第28話。

1月最後の日曜日に両家顔合わせをしました。
この頃は、結婚するということに対して、まだ自覚が本当になかったです。(まだ出会って1ヶ月ちょいですからね。)本来なら、前日に実家に帰るなりしておくべきだったのですが、当時はまだ会社での仕事が忙しく疲れていたし、日曜日はダンナ氏と会ってたので、お正月以降、実家に帰っていませんでした。電話もしてなかったので、すごーく怒られましたね。。

前日だったかな、ダンナ氏に
「ひとつ約束してほしいことがある」
と言われました。約束してほしいこと??と思ってますと、
「僕はEmmeryの両親を大切にするから、同じようにEmmeryも僕の両親を大切にしてほしい」

ダンナ氏は、プロポーズこそしてくれてませんが、こういう系のセリフは、かなーりキチンと口に出して言う人です。

当日は、ワクワクするけど緊張しました。何せ、初めてダンナ氏のご両親に会うだけじゃなく、私の両親にも会ってもらうのですから。その前に、私は会場でまず、母から連絡不行き届きについて、ガッツリ怒られましたが(^^;

とあるホテルの個室に両家家族とそれぞれの仲人さん、合計8名での会で、司会は仲人さんがしてくれます。

両家共に、それぞれの仲人さんに、お酒が入って忘れないうちに、、と成婚料をこそっと(と言っても見えてますが)お支払い。お見合いは、都度都度、仲人さんへの謝礼が発生します。価格は様々です。今回の仲人さんは、仲人協会みたいなのに所属しておられるのでキチッと決まっていて明朗会計です。関西の世話焼きおっちゃん、おばちゃんの協会みたいなところなので、お値段も大手の結婚相談所よりもリーズナブルです。(実は某大手結婚相談所にも登録していたので詳しかったりします。)

乾杯の後、ダンナ氏のお父さんがいきなり
「息子とEmmeryさんの結婚をお許しいただけますでしょうか。」
と言い出しました。この時、ダンナ氏は「わちゃーっ、言いおった。。」と心の中で思っていたそうです。お見合いとはいえ、本当に自分の息子が私の家族に受け入れてもらえるのか、本人を見たら結婚を反対されるのではないかと、かなり心配されていたようです。電車の中でずっと「ホンマに大丈夫やろか」と言ってたとか。父が
「許すも何も、こちらの方こそ娘を嫁にもらっていただくのですから。。」
と返し、お父さんに安心していただいた次第。

ダンナ氏のお父さんが、「先に確認しておかないと心配で心配で。。」と言っておられました。ダンナ氏も、たいがい「僕で大丈夫なのか。反対されてないか。」と心配してましたが、ご両親の心配はそれを越えていたようです。恋愛結婚ならいざ知らず、お見合いですから決まってから認めないも何も、、なんですけどね。

私はこの時、「あぁ、父子やなぁ」って感心してました。というのも、乾杯をした直後に確認したいことをいきなり切り出したのは、息子であるダンナ氏も同じだったから。

いつもは出てきた食事は、あっと言う間に手をつけてしまう私も、この時はさすがになかなか手をつけられなかったです。

会食の間に、今後の流れについて。
仲人さんから、両家顔会わせから1ヶ月後を目安に結納らしきことをしてください、とのこと。1月末でしたので、3月にどうですか?と仲人さんから提案されたのですが、速攻、私の両親が、おめでたいことは早い方が良いから2月中にしたいと言い出し、2月最後の日曜日は御日柄も良いことが分かったので、その場で決定。結納らしきことをしたら、結婚式そのものは、両家の都合で決めれば、いつでも構いません。

「結婚式はいつするつもり?」
と尋ねられて、
「秋頃かなぁ?」
なんて、のんびりと返事したら
「それは遅すぎる。」
と両方の両親から「早く式も挙げてしまいなさい」のプレッシャー。
「今からだと夏の暑い盛りになってくるから、それじゃ衣装が大変じゃない?」
と言ってみたのですが、
「秋よりも早ければ夏の暑い盛りでも一向に構いません」
とにかく一刻も早く、の一点張り。
んんん、、じゃあ、なるべく早いタイミングで式も挙げるように式場を探します、、みたいな。

とりあえず両家共に「気が変わって結婚しない、なんて言い出さない前に、この二人をとにかく早く結婚させてしまわなくては!」の気迫で満ちておりました。言うなれば、準備が整うなら明日にでも式を挙げてくれ、みたいな、それくらいの気迫でありました。

終わったら、すごく疲れてしまいました。
でも、それで終わりではありません。
その日から結婚準備本格開始。ぼんやりしてる時間はありません。さっそく式場探しと向かったのでした。

2012年4月17日 (火)

27 二度目の京都 その2

「お嫁さまへの道」第27話。思い出したかのように再開。
ダンナ氏と今年二度目の京都に行った話の続きです。

仲人さんとの打合せが終わり、じゃ、京都に向かいましょう、ということになって初めて本日の予定をダンナ氏に連絡。飲み会が男ばっかりであることも。
「そんな飲み会に参加してもいいんかなぁ?女の子がいっぱいいたら緊張するから男ばっかりっていうのは全然かまわないけど」
という反応で、あっさりクリア。

とりあえず河原町まで行って界隈を散策。
大学時代を過ごしたせいか、歩いていると知らず知らず当時の歩き癖が出てしまいます。
ぼんやり歩いてると、無意識になぜか足が大学方面に向いてしまうという。。なんででしょうね。

適当に時間をつぶしてから、飲み会の会場である京都駅へ。ダンナ氏は新しくなってから京都駅に降りたことがないというから、京都駅を少し案内。っていうても、私の案内だからしてれますが。

気がしれたメンバーとはいえ、ダンナ氏を紹介するのは緊張したなぁ。
どんな反応されるのかな、とか。
先輩は、やっぱり私のメールの意図が通じていなかったようで、ダンナ氏を見て
「君は初めて見る顔やな」と、私がハモソの誰かをサプライズで連れてくるんだと思っておられた様子。

事情を説明したら、今回の飲み会の趣旨が一気に変更。
まだほとんど公にしてなかった時期なので、飲み会の会場からハモソ関係者にお知らせメールが飛ぶ→返事が届いたら内容発表、みたいな。

私の同期の一人が「その人、眼鏡かけてる?」という返してきたのですが、そんなことを覚えているのかと、ちょっと驚きました。私は眼鏡をかけてる人は三割増し良く見えるタイプなのです。

大学時代「あの人、かっこいい~heart01」っていうと、周りの友人から二言目に「その人、眼鏡かけてる?」と言われたものでした。そんなこと、私も忘れてたけど、友達は覚えてるんですね(^^; もちろん、ダンナ氏は眼鏡かけてます。

プロポーズはまだと知って
「じゃ、一緒に聞くから、この場でプロポーズして」
と無茶ぶりされたのですが、ダンナ氏は最後までやらなかったなぁ。そういや、未だにプロポーズはされてません。
個人的には、一生懸命考えたのに、奥さんに通じなかったという同期のプロポーズの言葉を聞いてみたかったなぁ。

そんな感じで、私にとって初めてダンナ氏を知り合いに紹介する機会は無事に?終わったのでした。やれやれ。。

2012年3月28日 (水)

26 二度目の京都 その1

「お嫁さまへの道」第26話。
時系列から外れたエントリが挟まったので、これは24話の続き。
仲人さんと天王寺で打合せした後は、ダンナ氏と京都へ。初詣に引き続き2回目。

この京都行きは、ハモソ飲み会。
前夜に「明日、京都で飲むけど時間があったら来るかい?」というお誘いのメールを先輩からいただき、しばしどうするか悩みました。

この頃は、ぼちぼち結婚すると公にしつつありましたが、決まって日が浅いし、何かしたわけでもなかったので、家族以外は限られた人しか知らない状態。これまでだったら「行きます」って即答できたけど、打合せが終わった後、どこかに遊びに行こうねって言ってるダンナ氏を放っていけないな。
じゃ、いきなりダンナ氏を連れて、行く気?っていうか、行くしかないってこと(普通は、ダンナ氏優先でパスするべきなんだろうか)で、まずはダンナ氏に「打合せの後、京都に行かない?」と尋ねて「OK」の返事をもらいました。(この時点では、ダンナ氏に詳細をいっさい伝えず。)
それから先輩に「実は気ままな独身生活がもうすぐ終了予定でして、連れつきでも良ければ行けるかと。」と返信。

「多分いいと思う」という先輩からの返事に「うーーーむ」と唸ったのでした。
私は「気ままな独身生活がもうすぐ終了予定」は「私が結婚するということ」、「連れ」とは「結婚相手」というつもりで送ったけど、返信を読んでる限り全然通じてなかったですね。今思えば、なんでダイレクトに書かなかったのかと。結婚するって書くのが恥ずかしかったんやな。

翌朝、これじゃ埒が明かないと、参加予定の同期にメール。ここではしっかりと「結婚することになった」と明言。こちらにはきっちりとダンナ氏を連れて行っても大丈夫かと確認しました。
「先輩が良いのなら喜んで。」ということでしたので、「多分いいと思う」という言葉をもとに連れて行くことにしました。

私が勝手にダンナ氏を連れて参加すると決めた後で大切なことに気付きました。
彼女の友達の飲み会に参加するってことはその場には女子がいるってダンナ氏は当然思うはず(ダンナ氏の友達の新年会は、男友達ばっかりだったように)。だけど、今回の飲み会は女子が私しかいない。

おおおおーーーーsweat01
そんなところにダンナ氏連れて行っていいのか、私?
いや、ダンナ氏、怒らないか?

でも、先に連れて参加するって決めちゃったんだもーん。
行くしかないでしょ。(意外とノーテンキ)

2012年3月27日 (火)

25 妹たちへの報告

風邪がなかなか治りませんsweat02
幸い頑張って仕事する必要がないので、ひたすら寝てます。
これまで無茶しすぎたんですね。。

引き続き「お嫁さまへの道」第25話。
時系列で書いてきたつもりですが、ちょっと時期がずれているので、思い出しな
がら書いてると、忘れていた出来事が。。という訳で、今回はちょっと戻る。

妹たちに結婚の報告をしたのは、実家に連絡した日の夕方でした。
真ん中の妹は結婚してますし、一番下の妹は実家と、三人バラバラですからね。
メールで「決めました」と連絡しました。
早々に妹たちからは「良かった良かった」と返信が。メールだから短文だけど、二人とも読んでて思わず目頭が熱くなる内容でした。

真ん中の妹が結婚を決めた時は、母から聞かされたのですが、姉を通り越して先に妹が結婚するという事態に、おめでたいのにとても怖い顔で報告された記憶が。当時は一緒に住んでるにも関わらず、妹本人には後日、話を聞いたような。。
あの頃は、今の(って、もう辞めますが)会社に転職したばかりで、これからキャリアを積むぜ!という気持ちでおりましたから、結婚なんて考えられなかった。それに遠距離交際だった、だめんず彼氏がおりましたしね。(このブログを初期の頃から読んでる方はご存知かと)

そんなんで、両親から話が行く前に直接、妹たちには報告したいと思ってメールをしたのですが、思わぬ副産物?が。

夜、叔母から電話がかかってきて
「聞いたで~ おめでとう!!」
「(情報届くの)はやっ」(なんと失礼な返事なんでしょう。。)
叔母にはメールしてなかったけど、父がさっそく電話したそうな。
「一斉送信のメールが行ってるかもしれんけど。。」って。

おめでたいことは、伝わるのが速いもので。。
とりあえず、妹たちも姉の結婚が決まって、ホッとしたようです。真ん中の妹からは、「早く結婚してくれ」とよく言われたし、一番下の妹は何も言わないけど、姉が片付かないことには妹に来ている縁談を渡せないと、母から散々、ぐちぐち言われましたもので。。

2012年3月26日 (月)

24 仲人さんと打合せ

相変わらず、風邪で日がな臥せっております。。
この風邪が治れば、3月の休養モードから抜けるのでは?と思ってるので、無理せず寝てます。風邪は、身体のメンテナンスをするって言いますからね。

で、「お嫁さまへの道」第24話。
大汗流した報告から2週間後、仲人さんを交えた打合せ。
ダンナ氏と私の仲人さんがそれぞれ異なるため、4人で集まりました。
今後の流れなどを相談するはずだったのですが、私の仲人さんは父の30年来の友達ということもあり、父がお礼の電話をした時に、両家顔合わせの話になり、母の都合を確認して、勝手に両家顔合わせの日程が決まってしまってたのでした。

その話を仲人さんから聞かされたとき、驚いたのなんのって。
ダンナ氏のご両親の意見も聞かずに勝手に決めたのかあ!!!!と。
尋ねてみたら、ダンナ氏のご両親も「めでたいことは早い方が良い」と了解してくださったとのこと。ホンマにもう。。

という訳で、打合せと言っても、本来決めるべき内容が事前に私の両親と仲人さんで決めてしまったため、その話を改めて聞きにいく会になってしまいました。

ダンナ氏と1ヶ月前に出会った場所に出向いたのですが、なんか不思議な感じでした。あれから1ヶ月が経っただけなのに、すっかり私の身辺は変わってしまってましたので。

仲人さんたちが待ち合わせよりも早く来られるのを知ってたので、私は早めに出かけましたが、ダンナ氏は相変わらず(笑)前日、実家に戻っていたので、実家のお母さんから仲人さんに「家を出ましたから」という連絡は入っていたとか。

4人そろったところで打合せをしたのですが、私たちが今年の成婚第一号だったそうで、とても喜んでおられました。打合せは、両家顔合わせのことなど。日程は決まってましたが、会場は仲人さんが予約してくれていて、時間や場所を教えてもらう程度。お見合いの仲人さんは、結婚式での媒酌人になるのかな?と当時は思っていましたが、そうではないんですね。両家顔合わせが終わったらお役御免やで、と。もちろん、結婚式は呼んでくれたら出席するけど、とのこと。そのあたりは、時代の流れとともに変わってきた様子。

そんなんで、1時間もあれば打合せは終わったのでした。
両家顔合わせは1月最後の日曜日となり、出会って2ヶ月足らずで本格的に結婚へのプロセスに進むことになったのです。
でも、この頃はまだ、事の大きさをまったく分かってなかったなぁ。

2012年3月25日 (日)

23 本人連れてこい

今週末の春コンの練習は、やっと最初から最後まで参加できるはずだったのに、譜面も全部出しなおしたのに、出力も全部したのに、準備万端やったのに、実家に帰っている間に風邪をひいて倒れてしまいました。。日曜日の打合せ前の準備に影響が出てしまったので、土曜日も泣く泣く自宅で安静にしつつ準備。本日は外出できるようになんとか回復してたけど、とっても素敵なダミ声でダンナ氏家族と一緒に打合せでした(泣)

前振りはここまでにして、「お嫁さまへの道」第23話。

おうちごはん(&初お泊り)の翌々日の火曜日、仕事中にダンナ氏から「今晩、飲みにいかない?」とメールあり。なんか裏がありそう、、と思ったけど、敢えて何も尋ねず。

仕事が忙しくて、なんとか会社を飛び出せたのが21時半過ぎだったような。そこに父から電話。新地で友達と呑んでるからジャズバーにおいで、というお誘いでした。これから難波でダンナ氏と会うから無理だと思う、と返事して待ち合わせ場所に行けたのが結局22時くらい。

そしたら、やっぱり?お連れさまがおりました。
ダンナ氏の直の上司とその彼女さん。(って言っても、二人とも私たちより若かった)
そんな人たちと一緒なら、寒空の下で私を待たずに先にお店に入っててくれよ~(T-T)

相変わらずダンナ氏に彼女が、それもただの彼女ではなく結婚相手ができた、ということへの信用が薄く
「ホンマか? お前の思い込みじゃないか確認してやるから本人連れてこい」
という訳で、抜き打ち呼び出しになったのでした。呑みながら、事情聴取ですな(爆)
ダンナ氏、社内でどこまで「もてない君」なんだろう。。。

難波で飲んでたら、父から電話、と思って出たら、父ではなく父の友人。
すっかり出来上がっている感じで
「おめでとう~ 新地でお父さんと祝杯あげてるねん。お父さんな、あなたには直接言わんやろけどな、ごっつ喜んでんねんで。」
とまぁ、わがことのように喜んで話をしてくれるのは良いのですが
「ハーモニカ持っておいでや~ 待ってるで~」と言われて
「難波で飲んでるから今日は無理、ごめんなさい。また今度」ってお返事するも
「えー、なんでや。お父さんとおっちゃんが待ってるんやで」と聞かない。(ま、酔っ払ってますからね)

その後、何度も父の携帯だけど父の友人から着信があり
「なー、おっちゃんとセッションしようなー」
と誘ってくれるのは良いけど、今日のところはごめんなさい(><)

月曜日の朝に、ダンナ氏と一緒のところをエレベーターで父と遭遇してしまったのが、父的に実際のところどうだったんだろう。。と、少しは心配してたのですが、これで安心しました。
父も笑えてしかたなかったというか、誰かに話したかったのでしょう。で、友人を呼びだして火曜の晩から呑んでたと。
その晩は結局24時過ぎまで呑んでたのかな。(といっても22時頃から始めたからな)
新地は2時コースだったと思うけど行きませんでした。さすがにねー。

父がそのうち、ちゃんと機会を設けると言ってますので、おっちゃん、その時はまた「Georgia on my mind」でセッションしようね。

ダンナ氏の上司からの疑いは、本人(私)が同席したことにより無事に晴れたのでした。めでたし、めでたし。

2012年3月23日 (金)

22 誤算?

「お嫁さまへの道」第22話

おうちごはんで来てもらった日は当然、ご飯を食べたら帰ってもらうつもりでおりました。でも、ダンナ氏はそんなつもり、さらっさらなく、最初から泊まるつもりでおったそうです。だから私が家に来ていいよ、と言った時、狂喜乱舞しておったと。そういうところ、私って本当にオトコゴコロが分かってないsweat02その後も、オトコゴコロが分かってないな。。と思うことは多々発生してます。

私の家には、普段は飲まないくせに、いろんなお酒が常備してあります。食事しながら適当に飲んでたのですが、日曜日の夜だし、帰ってもらわないとアカンのに、ダンナ氏はえらい飲んでるよ、、と思ってたら、ダンナ氏が「今夜は泊まる」と言いだしました。青天の霹靂って、こういうことを言うんだと思いました。「はあ?!それは困る。ダメ。」と、しばしの押し問答の後、正式に結婚することになったんだし、遅かれ早かれ一緒に住むことになるんだし、、と私が折れたのでした。その後、お泊まりできるようにいろいろと準備してきてた物(着替えとか、、)を見せられ、開いた口がふさがらないっていうか、あんぐりと口を開けるしかない私でした。いやいやいや、、ほんまにオトコゴコロを分かってなかったですね。いや、今も分からないけど。

翌朝は月曜日なので当然、お互いに仕事。初めて来たから、マンションから駅までの道のりが分からないから送って行くことにしてエレベーターに乗ったら、そこには父が!現実は小説より奇なりと言いますが、こんなことが起こるとは。。(私のマンションの上階に父が会社で借りている部屋があるのです。)この頃は、まだ家族のことをいろいろ話せてなかったからなぁ。

とっさに「泊めちゃった」と私。その後ろで凍り付くダンナ氏。やっと、なんとか言ったセリフが「お世話になってます」って(爆)挨拶はまだだけど、もう結婚すると決まってたからやましいことはないとはいえ(笑)
父は表情も変えず「車だから送っていこうか?」と。駅と父の会社の方向が逆なので、送ってもらいませんでしたが、こんなことってあるのねと、私は心の中で笑いが止まらず。(いずれ笑い話になるんでしょうが、今のところ父の口からこの話がでたことなく、私も口にしたことはありません。)

誤算といえば、この日を境に毎晩のように「帰ってくる」ようになったことでしょうか。最初は「えぇ?!来るの?」と驚いたし、勝手気ままな一人暮らしができなくなる煩わしさを感じなかったというと嘘になるけど、遅かれ早かれ一緒に住むことになるのだし、と了解し、実際に3日くらいで慣れました。私のマンションは単身者向けだけど、二人で住んでいる人も多いので、広さに問題はなく、特に狭苦しさを感じることもなかったです。

この頃は「遅かれ早かれ」が何かにつけ、二人の間で交わされるキーワードでした。

2012年3月22日 (木)

21 おうちごはん

「お嫁さまへの道」第21話。

正式に結婚すると決まった時、出会ってやっと1ヶ月を迎えようという時期で、まだ5回会っただけ、という状況でした。その頃、相変わらずダンナ氏は仕事が非常に忙しく、メールによると帰宅は遅いし、まともな食事があまりとれていませんでした。睡眠時間が短い上、こんな食事じゃ身体もたんで。。と思った私は、次の週末はおうちごはんにしようと提案してみました。狂喜乱舞してるダンナ氏の返信に「そんな喜ぶことか?」と思った私。

とりあえず、野菜をちゃんと食べてもらって、、と準備してみると、まぁ、自分の家がいかに誰かを呼ぶつもりがない家であるか、ということを痛感しました。2年も一人で生活して、自炊しているにも関わらず、食器は実家から持たされたものを適当に使い回している状態でした。一人暮らしで、一人で食事する分には問題ないけど、誰かを呼んで食事するには食器がほとんどない。バーゲンの時期で良かった、、と思いながら、最低必要なものを買いに走りました。(でも、お椀は相変わらず100均で買った一つしか今も持ってない。。)

誰も家に呼ばない勝手気ままな生活でしたので、部屋の整理やら掃除やら、いろいろ大変でした。いかに自堕落な生活をしてきたかと猛省することしきり。自宅に人を呼ばないと、部屋はキレイにならんもんですね。。

ダンナ氏の食事の好き嫌いをあまり知らなかったので、適当に何品か作ってみて、いざ当日。ダンナ氏は親戚のお見舞いに行ってたので、夕方から合流。

一緒にスーパーに行って食材を買うところからやるのかな?と思ってたそうですが、そんなのは無理です。相当手慣れてないと。。自宅なのに、超緊張してたなぁ。たくさん作ったつもりだったけど二人だとあっという間になくなっていくというか、とりあえずご飯をよく食べる人やなぁ、と感心したのでした。

で、ここまでは良かったんですけどね。。
なんて含みを持たせて終わってみたりなんかして(笑)

2012年3月21日 (水)

20 大汗流した電話

相変わらず、突発的にいろんな用事が発生するので、バタバタ~、バタバタ~、としております。
気が抜けてしまいそうですが、「お嫁さまへの道」第20話。

母に報告の電話をした後、続けて仲人さんに電話。「結婚すると決めました」と報告したら、「おめでとう」の後に「じゃ、両家顔合わせの日取りを決めましょう」と言われて大焦り。
やっぱりまだ「結婚」という重みっていうのかしら、どこか自分がするって感じられてなかったですね。そんなに急がなくても、、みたいな。まだ出会って1ヶ月過ぎてもいなかったですしね。

堅苦しい?お見合いであれば、両家の親がOK出してからになりますし、お見合いにも母親なり父親なりが本人と一緒についてきますから、成婚となれば次は両家顔合わせとなるのが当たり前。でも、今回はとてもカジュアルなお見合いでした。ダンナ氏の方はお母さんが私の釣書や写真を見て話を進めてくれていたのですが、私の方は仲人さんから直接釣書をもらって、会うまでに両親の目を一切通していませんでした。釣書そのものも、非常に簡単でしたしね。

そんな訳で「えぇ?!」と電話口で焦ってしまったからか、仲人さんから「じゃ、両家顔合わせする前に、先に当人と仲人の4人で打ち合わせしようか。」と提案されました。そこから実家と仲人さんと行ったりきたり、大汗をかきながら電話をして話をしました。

母に「お見合いで話が決まった後の流れって、どうなってるの?」と尋ねたら「私は恋愛結婚だから分からない」って言われるし。私の家族は、話が早くなるなら、いきなり両家顔合わせで問題ない、ということに。

ダンナ氏と話する前に、大切なことが私側で勝手に決めてしまうことになってどうしよう。。。前日に結婚の挨拶に行くと二人で決めたとは言え、想像していた展開とは異なった為、冷汗を流しまくりでした。とりあえず、なるべく早いタイミングで仲人さんと私たちで、その後について打ち合わせをする、ということになりました。

ダンナ氏にメールで先に報告してたけど、その日の晩に電話報告して、
「お見合いだから一般的?な流れと違うんやねー。じゃ、仲人さんの提案通りにいこうよ」
という返事でホッとした私でした。そして、2週間後に打ち合わせをすることになったのです。

今、書きながら振り返ってみると、この頃(といっても2ヶ月前ですが)は、付き合い始めたところだったこともあり、「結婚する」という重みを全く実感してなかったですねぇ。

2012年3月 9日 (金)

19 あっけない報告

「お嫁さまへの道」第19話。
ひとつ前のエントリの翌日の話です。

ダンナ氏の友人たちと会った翌日、さっそく実家に電話し、電話に出た母に、ダンナ氏が挨拶に行きたいと言ってると伝えました。

伝える瞬間、なんか緊張したような、しなかったような。でも、まだよく分かってなくて、お気楽だったような気もします。

母は「それで(結婚することは)決まりか?」と一言。
私も「うん」と一言。なんだか、とってもあっけない報告でした。
もっといろんな反応があるかと思ってたけど、そうでもないっていうか。

週末なら挨拶に来るのはいつでも良いけど、まず仲人さんに報告しておいたほうが良いんじゃない?と言われて、これがお見合いだったことを思い出した私。
確かにそうやなと、仲人さんに電話しました。そこからが、これは恋愛結婚じゃなくて見合い結婚だから手順が違うんだ。。と痛感することになったのです。

2012年3月 8日 (木)

18 高校時代の友人たち

「お嫁さまへの道」第18話。またちょっと展開します。

「結婚するならこの人」という決定打がないものの「この人で間違いない」と思うことは、現在進行形で積み重ねています。今回は、ちょっと感動してウルっとした時の話。

お正月が終わって会社が始まったと思ったら即、三連休。といっても、ダンナ氏の仕事は三連休にはなりません。でも、三連休のうち1日は休むから、という訳でまたしてもクリスマスに続き、お正月明けの三連休は自宅待機になりかけました。ずっと待ちぼうけになることなく、連休中日に会うことになり、個人的には連休中日なら翌日を気にしなくてゆっくり会えるな、と思っておりました。

が、そこにダンナ氏から「ダブルブッキングしてた!!!」のメール。

ああ?! と思って見てみたら、高校時代の友人たちと会う約束をしていたのを忘れていたそうな。夕方からの飲み会だから、昼間は大丈夫、だから早い時間から会おう、とのこと。

ゆっくり会えると思っていたのに、夕方早々に切り上げないといけないと分かって、ちょっとガッカリしたのですが、ダンナ氏と出会ってから、週末という週末、なんとか時間をやりくりして会うようにしてたから、たまには一人のんびりっていうのも良いかな、とか、その日は別件で顔を出したいイベントがあったので、夕方までならその後、顔を出しにいけるな、とも思い、好都合かな、とも。

ダンナ氏は相変わらず、ちょい遅刻気味でやってきて、ランチを一緒に食べて、映画を見て、お茶して、という極めて王道な「デート」でありました。映画は「ミッション・インポッシブル」を観たのですが、お正月に会った時「ミッション・インポッシブル観たいなー」って私が言ってたのを覚えていてくれたのでした。そういうところ、ポイント高いですね。(今のところダンナ氏は、私が言ったことはキッチリ覚えてはります。)

夕方になり、ダンナ氏の飲み会は上本町だったので、帰る方向でもあったから、送ってあげることにして、送るのに電車に乗ってたら、「一緒に来てもいいよ。」と言い出しました。高校時代の友達と年に1回、旧交を温める会に見知らぬ女子が突然やってきたら、できる話もできなくなるでしょうと、やんわり断ったのだけど、
「結婚式に来てもらうことになる友達だから紹介したい」
と言うので、それなら良いかとOKしました。

とはいえ、心の準備もないまま、いきなりダンナ氏の友人に会うことになってしまい、すごく緊張しました。お店ではダンナ氏の友人が二人、先に呑みながら待ってました。
ダンナ氏が「彼女を連れて行く」と連絡したけど、二人とも「遅刻の理由にしても、ふざけたことをぬかしやがって。。」と全く信用してなかった様子で、かなり驚かれました。

そんな訳で、最初に「本当にこいつ(が結婚相手)で良いんですか?」と確認されてしまいました。私が「はい」と返事した後は、友人は二人とも既婚者でしたので、一人結婚してなかった仲間がやっと結婚することになったと喜んでくれました。

まだまだ二人とものんびりしていたのですが、
「結婚って、いろいろやることがあって時間がかかるから、年内に結婚するんやったら、早く彼女の両親に挨拶行ってこい。そうや、明日にでも行ってこい」
と、二人がかりであれこれお尻を叩かれ
「じゃ、挨拶に行けるよう、ご両親と日程調整してもらえる?」
という話になったのでした。ダンナ氏の友人たちの後押しがなかったら、結婚までもっと時間がかかったでしょうね。

ダンナ氏がちょっと席を外した隙に、二人の友人たちが改まって座りなおして、私にダンナ氏について話をしてくれました。その話の内容までは書きませんが、話をしてくれた上で、「あいつのことをよろしくお願いします」と二人して私に頭を下げたのでした。私はそのとき、
「あぁ、本当に良い友達を持ってるんやなぁ。こういう友達を持っている人なら間違いないわ。」
と、ウルっとしてしまいました。

この晩の出来事を境に、それでなくてもスピード婚の予定が、「超」スピード婚へと動き出すことになったのです。

2012年3月 7日 (水)

17 新年会

「お嫁さまへの道」第17話。
一つ前のエントリのタイトルを自分でつけたくせに「16分音符」と読み違えて焦った私です。はい、現在、春コンの曲書きに追われています。日がなPCの前に座っているので、会社に行ってないけど生活は変わりありません。

既出ではあるのですが、会社の新年会では「去年の抱負を振り返ると共に今年の抱負」を発表する習わしがあります。自分の順番になったとき、こう言いました。

「去年の抱負は「おめでとう」と言ってもらえる機会を作る」だったけど、誕生日以外、そういう機会はありませんでした。 ・・・でも、今年は予定があります。」

皆から「なになに?」と言われ、「ま、そのうちに。。」と言葉を濁していたのですが、あれこれ言われている中に
「ことぶくんですか?」
というセリフに思わず反応して「はい」と返事してしまいました。

そこで、全社員(といっても10数名ですが)の前でカミングアウトする羽目に陥ったのでした。

とはいえ、この時は年内に結婚するかな?という感じで、まだまだ、まだまだのんびりとした状態でした。結婚の約束はしたけど「気持ちがかたまったら、プロポーズはプロポーズでちゃんとする」とダンナ氏が言ってましたので、その言葉をもって「正式」になる、という気持ちでおりました。
「プロポーズはちゃんとしてくれるんやって」と言ったら、皆から「いいなぁ。」なんて言われたけど、そういや、結局プロポーズってしてもらってないなぁ。。そんなもんか。

2012年3月 6日 (火)

16 符号

「お嫁さまへの道」第16話。
相変わらず「結婚するならこの人!」という決め手がないものの、たったの2週間、3回目に会った時に結婚の約束をしてしまった訳ですが、「この人で間違いない」と思わせることは多々発生しています。

最初に会った時に気づいた赤い眼鏡だけでなく、まったく同じではないけど、似たようなものを持っていてなんとなくお揃い、ということがいろいろ出てきます。
私は腕時計は Baby Gが好きでいくつか持ってますが、ダンナ氏はG-Shockを着けてたり、というのは一例です。

好きなものがピンポイントで同じ、というのもたくさん。
一番驚いたエピソードを。

ダンナ氏は、Jazzに詳しいわけではないのですが、好きな曲があると、
「なー、いつか、My Funny Valentine やってくれる?すごく好きな曲やねん。」
と言われました。私は、ジャズ・バーなどで演奏する機会があると必ず演奏しているのが、このMy Funny Valentine なのです。これだけでも驚いたけど、ダンナ氏が私の家に遊びに来たとき、「My Fanny Valentine」のコンピレーションを持っていたのを思い出して見せたところ、
ダンナ氏が10代の頃、テープが擦り切れそうになるまで聴いて、音源を探していたものが入っていたのです。
ラシェル・ファレルがトリオで歌っているMy Funny Valentine
バックのメンバーも、まさにそのままなんだそうで。
「これ!これを探してたんや!なんで持ってるの?」と。

多分、これが一番驚いたことだけど、似たようなことはちょこちょこと発生してまして、最近知り合ったばかりとは思えないことがよくあります。

そんな感じで、早々に結婚を決めちゃったけど、「この人で良かったのかな?」などと不安になったことは今のところありません。

2012年3月 5日 (月)

15 初詣

久しぶりに「お嫁さまへの道」再開、と。
お正月って2か月前の話だけど、遠い遠い昔のよう。。

お正月は、風邪までいかずとも、ずっと体調不良でした。日頃の疲れが出たんですね。
でも、2日はダンナ氏と会う約束をしていたので気合いで出かけました。

私は住吉大社で良いと思っていたけど、ダンナ氏が京都に行きたいと言い出したので、京都まで初詣。元日恒例の初詣に行かなかったから、これが本当に初詣。

年末に実家に帰った時に母から
「来年は着物をもっと着なさい」
と言われていて、京都行きは有無を言わさず着物で出かけることに。
私の最初からそのつもりでいましたけど、実際に準備をしてみると、ちょっと焦ってしまいまして、着物は自分で着たけど、帯は母に頼んで結んでもらいました。
着物も自分で買ったのは、背伸びをしすぎたか、地味過ぎて。仕方ないから母の娘時代の着物を全部借りました。帯結びは母に手伝ってもらい、駅まで父に送ってもらってお出かけ。自宅だったら京阪の駅まで徒歩圏内なのに、、と、ブツクサ言いつつ待ち合わせ場所へ。ダンナ氏は、ちょい遅刻で登場。

結婚の意思確認をした時、「二人の気持ちが大切だから、家のことは気にしない」と言ったものの、私が実家に帰って話したら、結婚を反対されたんじゃないかと、気が気じゃなかったらしい。両親からは、私が決めたことなら反対しないと言われたこと、今日も母は着物で行きなさいと、着物を貸してくれて、帯結びを手伝ってくれたし、父も駅まで来るまで送ってくれたくらいだから大丈夫って言ったのですが、しばらく「結婚に反対されるのでは」と心配してましたねぇ。

京都は祖父母のお骨を納めているお寺にお参りに行くのですが、いつも弾丸なので、久しぶりに京都でゆっくり過ごしました。初詣なのに、清水寺に行ったりなんかして。私が学生時代に行ってた懐かしい場所にも立ち寄ったり。(いふじ!かがりび!鳥久!まだあるんや!みたいな)
いもーとちんが「着物だと(ダンナ氏が)ひくんじゃない?」なんて言ってましたが、いたく感激してくれましたよ。

夕ご飯を食べてる時、ダンナ氏が「遅ればせながら」とクリスマスのプレゼント。お正月だからお正月プレゼントか。箱を開けてみた、ネックレスでした。今日の遅刻は、このプレゼント購入のせいだったのでした。どこで何を買ったら良いのか分からないから、会社で彼女のいる人に相談したんだそうです。百貨店のアクセサリーのコーナーに近づくだけでも大汗をかき、店員さんに「ネックレス、ブレスレット、イヤリングかピアスから選ばれたらいかがですか?ちなみに彼女さんはピアスされてるのですか?」と尋ねられて「えー、ピアスしてたっけなぁ。。」と悩んだとか。(普段つけないですが、右に二つ、左に一つ、ピアスの穴があります。)着物だったから、その場でつけることはできなかったけど、うれしかったですね。

自宅やったら京阪から徒歩で帰ることができるのに。。と、相変わらずブツクサ思いながら、着物ということもあり、その日は実家まで帰りました。

この頃は初々しいなぁ。って、会うのが4回目だからそんなもんか。

2012年2月17日 (金)

14 親戚たちと(その2)

「お嫁さまへの道」第14話

お正月の話が続きます。
毎年元日は恒例で初詣に出かける場所があるのですが、なんとなく調子が悪かった私はパス。
その代り、妹夫婦がやってきた時に、母方の親戚宅へのあいさつに便乗。
毎年2日に出かけるのですが、2日はダンナ氏と出かける予定でしたので。

母方のイトコが昨年、お見合いでスピード婚をして、4月にはベビちゃんが生まれます。イトコ夫婦はいなかったのですが、戻ってくるということで、まずは甥っ子ちゃんの話で盛り上がりました。

その後で叔母にちょっと尋ねてみました。
イトコがお見合いしたのはいつだったっけ?と。
大まかな話を聞いてましたが、詳しくは知らなかったので聞いてみたかったのです。
まず、12月に近所のイベントでお手伝いをしている未来の花嫁Mちゃんを叔父と叔母がを見初めたのだそうです。独身と知り、紹介してもらえるよう頼んだのだとか。

当時、イトコはつきあっている女の子がいたそうだけど、叔父叔母共にあまり気に入っておらず、でも、結婚を反対するでもないから覚悟しないとな、と思ってたそうです。
で、1月にイトコに「お見合いしてみる?」と尋ねたところ、予想に反して「する」と言ったので、1月14日(しっかり日付が出てきた)に席を設けて会ったのだそうです。

「その日から、とにかく帰ってこないのよ。」と叔母。
帰ってこない、と言っても外泊してたわけではないですよ。
そこから3日と空けず会ってて、「とにかく帰ってこないの。」
(だから、外泊はしてないですよ。)
徒歩5分内に住むご近所さんというのもあって、少々遅くなっても問題はないと。

そんな感じでなので、「これは早々にお結納しないと」ということになって、7月後半に結婚式をしております。
出会いからほぼ半年で挙式してますね。
家も近所で、住む場所もあったからそのあたりは話が速かったんだろうなぁ。

私は結婚式の時に初めてMちゃんと会ったのだけど、もう、それはそれは熱々で。
これがお見合いで半年程度で結婚したと聞いて、「こんなことってあるのね」って思ったものでした。

それが我が身にも起こるとはねー

2012年2月15日 (水)

13 親戚たちと(その1)

「お嫁さまへの道」 第13話。
やっと今年に入ります。でも、まだ出会ってから1ヶ月経ってないですよ。

かれこれ10年くらい「早く結婚しなさい」プレッシャーに耐えてきた私にとって、2012年のお正月は非常に穏やかなものになりました。
正式ではないにしても、結婚に向かって動いているという事実がありましたので、うるさいことは言われなかったです。

元日は父方の親戚が来るのですが、まだ口約束の状態でしたので私から特に報告はしなかったです。
とはいえ、私の両親から話があったようでした。

それでも父方の親戚たちは時期が時期ゆえに、まだ気遣ってか、なーんにも言ってこなかったですね。
叔母は、いろいろと聞きたくてたまらなかったでしょうに。

その日は父方の親戚たちにダンナ氏のことについて私から語ることはなかったです。
私自身も意思確認はしたけど、拘束力を持つものではないし、まだなんとも言い難い状況だしなぁ、と思っておりました。

なにぶん「聞いて聞いて!」な状況ではなかったのは確かです。

2012年2月14日 (火)

閑話

「お嫁さまへの道」を時系列にアップしてきましたが、ちょっと休憩というか、時系列を外します。
出会ってやっと丸2ヶ月経ったところなのですが、自分の生活が一変してしまいました。いや、まだまだ変化の途中です。

そういや、バレンタインデーですね。
この数年、チョコレート売り場には寄りつかなかった私ですが、今年は、公私共々忙しすぎて、やっぱり寄りつけなかった。。

ダンナ氏は、「今年は本命チョコをもらえる!」と言うております(笑)
このところずっと義理チョコでもなく、
「どうせ、誰からもチョコレートもらわれへんのやろ。かわいそうやからあげる」
みたいなお情けでくれてたチョコレートしかなかったらしい。
もう少ししたら嫁になる私からのチョコレートって、本命チョコになるの?

せっかくだから、おいしいものをあげたいのですが、本気で忙しすぎて準備できてないので、今度の週末まで待ってもらう予定であります。。

2012年2月13日 (月)

12 プチ カミングアウト

「お嫁さまへの道」第12話。
クライマックス後のちょっとした休憩みたいなエントリ。

クリスマスの晩、結婚への意思確認をお互いにしたものの、口約束みたいなものだから、それ以上は特に何もありませんでした。
両親にも友達にも報告はしませんでした。
でも、胸の内では「来年は結婚するんやな」という思いがひしひしと。
出会って2週間、たった3回会っただけで結婚を決めてしまいましたが、不安は一切ありませんでした。今も、それは変わりありません。

年末はイベントごとが多く、会社の忘年会で以前は社内で一緒に働いていて、現在はフリーランスでやっている仲間に会って、お酒が入ってたせいか、帰りについ、リーク。
正式決定ではないんだけど、、と。

大学時代の友人たちと会った時も、「結婚は?」と振られて「するよ」と。
そういや私、気が早いものだから、とりあえずゼクシー買っちゃったんですよね。
あの重さに即、うんざりしちゃったんですけど(^^;

「結婚するよ」って口に出しつつ、思いっきり他人事みたいな意識でいたなぁ。
あ、それは今も変わらないかも(おいおい。。)

実家に帰った時に、母には報告しました。
結婚前提ってことで進んでるよ、と。その時、母に
「あなたは一番上の娘だから、結婚するときは自分が持たせてあげられるだけ持たせて結婚させていって思ってた」と言われました。
三人娘ですから、一気に嫁にいかれたらお金が大変だからと、母は私が20歳になるころから、ぼちぼちと着物だの、なんだのと少しずつ嫁入り道具の準備を始めていたのです。
嫁入り道具として持っていくはずだった喪服や色無地などを何度となく着る機会を持ってしまい、母からそのたびに
「嫁入り道具を嫁に行く前に使ってしまって。。」
と言われたものです。
嫁入り道具の準備を始めて20年目にして、やっと娘が嫁に行く兆しが見えて、母も少し感慨深くなったようでした。

2012年2月12日 (日)

11 意思確認

「お嫁さまへの道」第11話。
最初のクライマックス、かな?

疲れ果ててベッドに倒れこんだが最後で、何もしないで過ぎ去ったクリスマス・イブの翌日は、クリスマス。この日も延々とダンナ氏からの連絡待ち。
掃除をしたり、年賀状作成しながら待っておりました。
私との待ち合わせを気にして仕事に差障りが出たら困るので、私のことは一切気にせず、仕事をしてもらえるようお願いしてありました。
イブの日は夕方そう遅くならずに連絡があったけど、なかなか電話もメールもない。
仕事の忙しさを知っていたので、大変やなぁ、と思いながら待ってました。
気を紛らわすために、iTuneで延々と→Pia-no-jaC←のアルバムを1枚目から流してました。
7枚のアルバムが終わるまでには連絡があろう、と。
何時だったか忘れたけど、最後、7枚目のアルバムが流れてる時だったなぁ、電話があったの。

自宅で待ってるのが退屈になってしまって、寒空の下、歩いて難波まで行けば時間つぶしになる、なんて出かけて行ったのは良いけど、半端なく寒くて、心斎橋で挫折して地下鉄に乗りました。御堂筋のイルミネーションは綺麗だったけど、それでも寒さには負けた。

やっと会えた時、22時でした。
時間がもったいないから、とりあえず近くのお店に入ってみたら、たまたま個室のお店でした。飲み物を頼んで乾杯をしたかどうか、絶対にまだ食事は出てきてないタイミングでいきなり、ダンナ氏が「大切なことだから先に確認したい」と切り出しました。

会社の上司から、この調子だと結婚早そうだから大切なことを早く話しておけ、と言われたのだそうです。職場での立場の話だったのですけどね。
その話をした後で、「まだ正式にOKは出してないし、(仕事は)こんな感じだけど、この話(結婚のこと)は続けてるってことでいいのかな?」と尋ねられました。

お見合いだったけど、かなりカジュアルな釣書で、なんという会社にどんな立場で勤めているか、など記載されていないものだったから、正直言いますと、話を聞いて少しショックではありました。
会う前に知ってたら、、いや、今更考えないことにしよう。
当人も、最初に知ってたらNGが出るだろうと思って3回目まで黙ってたのですから。
その時は、ダンナ氏が私との結婚をすでに心に決めてたと知らなかったのですが、結婚を考えた時、ちゃんと私に話してそれでもOKか確認しなくては、と思ったのだそうです。
内心、ちょっと動揺してましたが、私からは「はい、問題ありません。」と返事しました。
私の返事を聞いて、ダンナ氏は本当に安心したようでした。

私がダンナ氏の立場を知らなかったように、ダンナ氏は私の実家のこと、会社での立場のことを知りませんでした。今度は逆に私が自分の実家について話す番。
「二人の気持ちの方が大事だから、家のことは気にしない」と、ダンナ氏はその場ではそう言ったけど、実際には私の両親から結婚に反対されるのではないかと、相当気をもんだようです。「父の長年の知り合いがセッティングしたお見合いだから大丈夫」とは言っておいたのだけどね。

そんなんで、お互いにちょっぴり重い話をした後、私は前日に購入したライターをプレゼント。本当は自分もプレゼントを用意しておかないとアカンかってんけど、、と、いたく恐縮してましたが、ずっと仕事だったから仕方ないこと。私も全然期待してなかったし。
「昨日、仕事じゃなくて会えてたらプレゼントなんてなかったよ。」って、つまらん種明かしまでしてしまった。
そういうところ、ようカッコつけませんわ、私。

お店に入ったのが22時過ぎだったから、あっという間にラストオーダーで追い出されたのですが、外に出たら24時過ぎ。
ダンナ氏が乗るべき地下鉄の路線は終了していたので、まだ動いている南海で帰ることにして見送りました。
翌日もまた朝早いということで、今度はメールじゃなくて電話で起こしてあげる約束をして別れて、私も実は終電が終わってたからタクシーで帰りました。言うても私は近いからねー。

という感じで、出会って2週間、3回目のデートで結婚への意思確認をしてしまったのでした。
ただの口約束みたいなものだったので、実感なんて一切伴ってなかったなぁ。

2012年2月11日 (土)

10 クリスマス・イブ

「お嫁さまへの道」第10話。二桁台に入りました。
ちなみにこのシリーズは、まとめて書いて、予約更新してます。
毎日書いてるわけではありませんよ。

最初のお見合いから3回目の週末は、クリスマスを含む三連休。
ダンナ氏の仕事が究極に忙しい時でした。
普通なら、絶対に時間なんてとれない時。それでも
「イブかクリスマスのどちらかは、絶対に時間を作るから」
と言われたので、「無理しなくていいのに。。」と思いつつ、クリスマス・イブとクリスマス当日は、自宅待機する羽目に陥った私。
(女子からのお誘いはあったけど、それ以外、クリスマスだからといって用事なんてなかったけどね。)

大掃除をしながら、ダンナ氏からの連絡を待って、クリスマス・イブの日は夕方に
「今日はどうにもこうにも今日は仕事終えるの無理(T-T)」
という電話がかかってきて、そこから無罪放免。

そもそも、クリスマス・イブに重きをおいたことがないので、(というか、恋人イベントって、生まれてこのかた、ほっとんど縁がなかったから)残念とかそういう意識はさらっさらなく、
「それじゃあ、お買いものにいきましょ~♪」
と夕方からお正月の準備や自分のためのお買い物をしに出かけていきました。
まだ、一人の方が気楽で良いわ~、な時期でしたね。

大勢の人たちで賑わう繁華街でお買い物しながら、ふと、思いました。
世間は三連休なのに、ずっと休みなく毎晩深夜まで働いて、朝は朝で早朝から働かないと間に合わないなんて、かわいそうやなぁ。
何かプレゼントしてあげたら元気になるかな?
そういや、世はクリスマスやし。
何をあげたら元気になるかなぁ。
食べ物?
あ、でも、何が好みで何が嫌いか、まだ全然知らないや。

男の人って、何をもらったら嬉しいのかなぁ。
女の子だったら、いっぱい思いつくのに。

そんなことを、つらつらと考えていて思いついた。
ダンナ氏はタバコを吸うので、ライターってどう?
観察が足りてないから、ダンナ氏がどんなライターを持っていたか覚えてない。
こだわりの物だったか、100円ライターだったか。。
でも、ライターだったら小さいし、消耗品みたいなものだから大丈夫か。
そう思って、今度は「喫煙具を売ってる場所って??」となる。
プレゼントのこととなると、具体的にこんなものが良い、というのがイメージに浮かぶタイプなので、あとはそれを置いてる店を探すのみ。
西梅田にいたのですが、「せや!阪急のメンズ館がある!」と、ものすごい早足でメンズ館へ。閉店まで1時間切ってましたのでね。

メンズ館の喫煙具のコーナーで、私がイメージしていたものを見つけることができたので、お買い上げ。クリスマス・イブの日にメンズ館でライターを買ったら、何も言わなくてもプレゼントと分かってくれて、ラッピングもしてもらって一安心。

これで準備万端。安心して家に帰ったのですが、人混みに酔って、帰り着くなり疲れ果てて倒れました。

で、当のダンナ氏は、クリスマス・イブの深夜2時くらいまで仕事だったらしい。
大変ね。。

「イブの日に会えなくてゴメン」みたいなメールが来ましたが、私はそんなことに重きを置いてないので、(というか、イブだから会わなければ、という意識が完全にゼロだった)申し訳ないけど「ふーーーーーん、イブに会うって重要なんや。」ってな具合でした。
もし、イブの日に会ってたら、プレゼントの準備なんてなかったし。

買い物から帰って、疲れ果ててベッドに倒れこんだまま、翌朝まで眠り、イブの晩は後から考えたら、何も食べないで、何もしないで寝てる間に終わったのでした。
スパークリングとか用意してあったので、一人で楽しもうと思ってたのですけどね。
(二人で楽しもう、という意識がこの時点では一切なかったなー)

2012年2月10日 (金)

9 モーニング・コールならぬモーニング・メール

「お嫁さまへの道」第9話

ダンナ氏と結婚しようと思った決め手は、私には未だにありません。
でも、ダンナ氏には「結婚するなら私しかいない」と思った瞬間があったんだそうで、今回は、その話。

2回目に会ってから、メールを毎日1通はやりとりするようになり、とある晩、
「明日は会社へ7時に出社しないといけないけど、朝弱いから起きることができるかどうか。。」
といった内容のメールが届きました。
会社の近くに住んでるとはいえ、7時に会社なら、6時起きか、大変やな。。と思いました。
(その時点で、もう日付変わってましたから。)
「それは大変やね。」と返信しかけたのを止めて考えました。

朝、パシっと目を覚ますには、誰かから電話なりメールが入ってくるのが一番やな、と。
電話だったら、起きて何かしてたら邪魔になるからメールの方がいいかな、と思って、6時に起きてメール送信して起こしてあげようと、起きたら即メール送信できるよう文面を作って、目覚ましを6時にセットして寝ました。

翌朝6時に起きてカーテンを開けて、「6時ってまだ夜明け前なんや。」と気づき、ちょこっとメールの文章を変えて送信。
その後、二度寝しました。(私は8時起床で十分間に合います)

8時起きで間に合う私が、わざわざ6時に起きてメールをしてきたことにダンナ氏はいたく感激したらしい。
こんなことをしてくれる人がこの先、自分の前に現れることは二度とないだろう、と思ったんですって。
という訳で、このモーニング・メールがダンナ氏にとって私との結婚への決定打になったのでした。

私は、ものすごーく感動しているダンナ氏の返信に
「この程度のことで喜んでくれるとは、なんと楽なんだろう。」
と、二度寝の布団の中で思っていて、まさかこのモーニング・コールならぬモーニング・メールが結婚への決定打になっていたなんて、この瞬間はまだ知る由もありません。

2012年2月 9日 (木)

8 郊外にて

「お嫁さまへの道」第8話。
エントリは、じわじわと進みます。

初めて会った時、年内は会う時間作れないって言ってたダンナ氏ですが、お見合いから1週間後、会う時間を無理無理に作ってくれました。

2回目がある意味、勝負どころだと私は思っています。
というのも、初回はお互いにスーツだったりワンピースであったり、きちんとした格好で出てきますが、2回目以降はカジュアル。普段の自分が出てくる訳です。初回が良くても2回目で「あれ?」なんてことはよくある話。

ダンナ氏は当日の昼間、会社の忘年会でした。
夕方待ち合わせをしていて、私は相手の顔を覚えているかどうか、少々不安がありました。赤い眼鏡をかけていたのは覚えていたので、
「眼鏡、眼鏡。。モダチョキの矢倉さんに似てる人。。」
と探していたけど見つからない。そのうち、ダンナ氏から
「どこにいてるの?」
と電話がかかってきました。周りを見渡したら、さっきまで人がいっぱいだったのに、さっと人がはけてしまって、目の前にダンナ氏がいました。
「!!!!」となって、「目の前にいますけど。。」と。

ダンナ氏は眼鏡をかけておらず、
「眼鏡がなければ、こんな顔だったのか。。。。」
と、改めて眺めたのでした。

「今日は大切な約束があるから」と会社の忘年会を抜け出してきたそうで、随分からかわれたらしい。「え、会社の人に話してるの?」と驚いた私。私は会社ではプライベートを見せることは滅多とありませんから。ただ、そういう話をできる環境なんやな、と分かりました。

難波で待ち合わせをして、近鉄に乗って郊外へ。普通、難波界隈で食事するんでしょうが、そこは何も言わずに着いていきました。実際、会社の人たちからも、「今の時期はイルミネーション見て、ロマンティックにやるのが普通やろ」とツッコまれていたそうです。プランまで話しとったんかい。。

郊外で、ダンナ氏いわく「B級グルメ」のお店を2軒ほどハシゴしたのですが、緊張していた私はお酒のスピードが異様に早い(笑)
2回目とはいえ、相変わらず、相手を観察&緊張モードではありましたが、「悪くない」から「良い人やな」という印象に変わっていったかな。

立ち飲みのおでん屋さんで、お互いの家族の話をしていて、共に両親から「早く結婚しろ」というプレッシャーがかかってるだの、「結婚もだけど、子どもも早くほしい」とか、これまでのお見合いで、私が絶対に口にしなかった話をしている自分に驚き。家族のことや二人の将来を想像させるような話はこれまで上手に避けてましたから。

二人の将来を想像させる話をしちゃったよ。。
なんて、これまでの自分ではあり得なかった言動をしてしまったことに、改めて驚いたのでした。

帰りの電車で、私の名前の呼び方についてリクエストし、私からなんと呼んだらいいか尋ねました。
「名前を呼び捨てしてくれてもいいよ」と言われましたが、最初からそれはないやろ、と、「ちょっと考えさせて」と返してしまった私でした。

それと、このシリーズでは、セキララを真情としておりますので、包み隠さず書いておきますと、「寒いから手をつなごう」と手を取られて驚いたのも、この2回目でありました。
後日、「2回目でよく手をつないできたよね」と言ったら、「基本、ずうずうしいからね(笑)」というお答えでした。

2012年2月 8日 (水)

7 何と呼ぼうか

「お嫁さまへの道」第7話
やっと初日(初夜じゃなくってよ)の話が終わって、次に向かいます。

ダンナ氏の仕事が忙しすぎて年内に会うのは難しい状況ではあったのですが、ダンナ氏も時間をあけると良くないな、と思ったみたいで、翌週の日曜日になんとか時間を確保してくれました。

メールのやりとりをしていたのですが、私はダンナ氏のことをなんと呼んだらよいのか悩みました。これまでのお見合いであれば、迷うことなく相手の名字にさん付けで呼んでたけど、このときは「それってどうよ?」と思ったのです。
名前の呼び方で関係性が決まると言っても過言ではないから大切やな、と。
そんなことを考えてしまうところが、これまでとは違ったんですね。

名字にさん付け?
同じ歳だから君付け?
それとも下の名前にさん付け?

悩んでしまったので、私から名前で呼びかけることはなく、(知ってる人は知ってると思いますが、たいていの場合、私のメールは相手の名前を呼びかけるところから始まります)メールを交わしてました。
そんな中、最初は名字にさん付けだったダンナ氏からのメールが、下の名前にさん付けになりました。
これ、ちょっとヤバくないですか?
一歩こちらに踏み込んできた印象を受けたんですね。
次に会った時に、呼び方について確認をとらなくては、と思いました。

携帯メールはとにかく面倒くさい私なのですが、頑張って当日中、遅くても翌朝には返信しました。後でダンナ氏が「返事が速くてありがたかった」と言うてました。意図は通じてたみたい(笑)

メールは次回に向けての事務的な内容だったけど、私の中で、ざわざわとしたものが日々、ふくらんでいました。

多分、この人と結婚することになるんだろうな。

具体的な理由はどこにもなかった。
この人!という決め手もなかった。
でも、何か感じるものがありました。

2回目に会う前夜が、関学ハモソの定期演奏会と忘年会。
Nくんと二次会に流れたとき、いい加減、酔ってたというのもあってか、
「私、結婚しようと思ってるのよね。」
と言ってました。多分この時が、私がダンナ氏との結婚を口にした一番最初です。
Nくんは、私が一般的な意味合いで言ってると思ったようで(当たり前か)
「結婚しようと思った時が結婚適齢期らしいですよ。」
なんて返されたんですけどね。

2012年2月 7日 (火)

6 初日の夜

「お嫁さまへの道」第6話。
やっと初日の話が終わります。

お見合いは、会った当日、もしくは翌日、とにかく早々に仲人さんにOKかNGの返事をしなくてはいけません。
普段のお見合いは、早々に切り上げて仲人さんに連絡していたけど、この時はライブに行ったため夜まで一緒だったので、別れた後、携帯電話を確認すると、いつもみたいに電話をしてこない私を心配?した仲人さんから
「今日はどうでしたか?電話ください」
と伝言が入っており、折り返しOKのお返事をしました。

この仲人さんからの話は、いつも私から断ることができない状況で、これまでも「様子を見たい」として、断ったことはなかったのですけどね。
このときの「OK」は、ちょっと気持ちが違ったな。

帰宅しながら、ダンナ氏の仕事が忙しすぎて、年内に会う時間を作るのは難しい、
と言ってたのを思い出し、それはちょっと困ったな。。と。
勢いがあるうちに、もう少し転がしてみたいと思ったのです。
時間が空くと、どうしてもテンション下がりますからね。

それと、連絡先を教えてもらってないから、私から連絡できないしな、とか。
(仲人さんには連絡先は交換したと言ってしまったので)
これは杞憂で、当日中にダンナ氏からメールをもらいました。
次回については、また調整してみる、とあったので、まかせることに。

そうそう、自宅に帰り着いて、まずやったのは、捨ておいてあった釣書を取り出して、ダンナ氏の名前確認(爆)
こんな名前だったのか、、と。おいおい。。。

初回に相手に対して「良い感じ」と思った経験は過去に何度かあったのですが、問題は2回目以降。
会う回数を重ねると「結婚」が迫ってくるから(お見合いだからね)、これまで何度「この人でいいの?」と不安になって嫌になって逃げたことか。
なので、この時点では次回会った時が、自分の中の気持ちとの勝負やなと思ってました。

そして、前日に散々「お見合い、うざい」とぼやき倒した友人に報告メールをいれたのでした。

2012年2月 6日 (月)

5 →Pia-no-jaC←のライブ

「お嫁さまへの道」第5話
書いてたら、あれこれ思い出して初日の話がまだ終わらない。。
なわけで、まだ初日の話。

→Pia-no-jaC←のライブの開場時間になったら、早々に会場入り。
ダンナ氏は、→Pia-no-jaC←なんて知ってるわけもなく、また、ライブそのものも初体験。
前回のライブ参戦時に配られたチラシ先行で買ったチケットだったので、席は前方。

→Pia-no-jaC←を聴いたことなくても、そもそもの音楽の趣味から、多分、楽しめるに違いないと思ってました。
仕事が相当過酷な時期だったので、クラシックみたいに穏やかな音楽だったら寝てしまうと思う、と本人は言ってました。
まだお互いの間に緊張感が残っていて、ホールに入って席についてしまったら、とりたてて話すこともなく、入場時に配られたチラシなんぞ見て、沈黙の時間を過ごしてしまいました。

私は目がそんなに良くないので、ライブの時はしっかり見るために眼鏡をかけます。
いつも通り、開演前に眼鏡を取り出し、かけようとして「!!!」となりました。
ダンナ氏と私の眼鏡の色が同じ赤じゃないか。。
「眼鏡の色がおそろいですね」と言おうか言うまいか悩んで、言わないことにして、おそろいがバレたら恥ずかしいから、場内が明るくなる前に眼鏡を外すという荒業を(^^;
まだ、警戒モードやったんですね。

後日談ですけど、ダンナ氏もライブ中に私が赤い眼鏡をかけてたのに気付いて
「同じ赤やな。。」
と思っていたんだそうな。
こんな感じで、まったく同じ物でのおそろいではないけど、テイストが似たものを二人それぞれ持ってるってことを、この後、会うたびに見つけることになるなんて、この時の私はまだ知らない。。

ライブが始まってからも、→Pia-no-jaC←初体験、そのうえライブそのものも初体験、という人がどんな反応を見せるのかと、ライブ半分、隣のダンナ氏の観察半分ってところでした。
→Pia-no-jaC←のライブは参加型で、HIROが客席をすごーく煽るのです。
煽りに引くことなく、ちゃんとのっかっていってる姿を見て、
「ノリも良し、か。」
と、ひとりごちたのを記憶してます。

座って聴く静かな曲の時、寝息をたててるのを見て、
「あぁ、本当に疲れてるんやなぁ。」
って、しみじみしちゃったり。(起こしたりはしませんでした。)

→Pia-no-jaC←のライブを行ったことがある人はご存知のことですが、ライブの最後はお客さんも隣の人たちと両手をつなぎます。
ライブ盤のジャケット写真のコレです。

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これがあるから、嫌な人とは観に行きたくなかったのです。
6月のライブの時はワンマンが初めてだったので、どうしたら良いのか戸惑ってたら、隣のお兄さんが「いいですか?」って声をかけてくれたのを覚えてます。
さて、ダンナ氏はどんな反応を?と思ってたら、当然のように私の手を取ったのでした。
ちなみに、逆隣も男の子で、→Pia-no-jaC←初心者ではなかった(ライブ前の会話で分かってた)から、彼も何も言わないで当たり前のように私の手を取ってましたけどねw

・・手をつないでも、嫌じゃなかったな。。

心の声がポトリと落ちました。

ダンナ氏は、「初日から手をつないでしもた。。」と思ったらしい。

→Pia-no-jaC←のライブは、客席参加型ということもあって、一緒に観ている間に、何かが起こったみたいです。
ライブが終わった後、私は中之島線で帰るから、と、早々に別れてしまったのですが、
「なんか良い、かも。。。?」と。
後日談ですが、ダンナ氏も、→Pia-no-jaC←のライブを観ているうちに
「この人とは波長があう」
と思ったのだそうです。

出会いという意味では、仲人さんが作ってくれましたが、そっぽを向いてた私とダンナ氏をお互いに向い合せたのは、→Pia-no-jaC←の音楽。
という訳で、→Pia-no-jaC←には、非常に感謝しているのです。

ダンナ氏は登場しませんが、当日の→Pia-no-jaC←のライブレポは、コチラ

2012年2月 5日 (日)

4 赤外線

「お嫁さまへの道」第4話。
まだまだ、まだまだ初日の話をひっぱります。

梅田から堂島リバーフォーラムまで、ぶらぶら歩いて行きましたが、それでもライブまで時間が微妙に余る。

朝日放送のビルにも行ってみたけど、堂島って、そんなに見るところないですしね。
寒いから、外で時間をつぶすこともできず、とりあえず入ったお店がMamezo&Cafe

携帯電話が普及した今は、初回のお見合いが終わって、仲人さんにOKのお返事をしてから相手の連絡先を尋ねるよりも、当日別れるまでに直接交換、というパターンが増えております。
もちろん、その場では尋ねず、仲人さんに返事してから仲人さんから連絡先を教えてもらって後日連絡いただくパターンも当然、今でも存在します。
(結婚相談所だと、連絡先交換について決まりごとがあります。)
「連絡先を交換しませんか?」は、「交際を続行したい」という意思表示みたいなものです。
ダンナ氏が「連絡先を・・」と言い出したのは、この場でした。
携帯電話の使い方がよく分からなくて、赤外線受信はできるけど、送信方法が分からない。受信も、できたりできなかったり、、だそうで、私が送信して、受信についても、赤外線を受ける場所が携帯電話にあるはずよーって、探してあげて、なんとか受信してもらいました。
その場でメールなり電話してくれることはなく、
「後でメールするから」
って言われて、これってとりあえず義理で尋ねた可能性もあるよな、連絡なかったら気がないってことよなーって、思った記憶があります。

連絡先を尋ねてきたにも関わらず、ダンナ氏が私に好意があるのかないのか、この時点では私にはよく分からんかった、ということです。

2012年2月 4日 (土)

3 話が違うことない?

「お嫁さまへの道」第3話。
まだ出会った当日の話をひっぱります。

お見合いの会場は天王寺だったので、ランチとも夕食とも言えない微妙な時間に軽く食事をしてから→Pia-no-jaC←のライブ会場がある堂島まで移動。
なんとも微妙な時間帯だったので、歩くのは嫌いじゃない、とのことだったので、梅田から堂島まで歩くことに。

途中で「タバコ吸っていい?」と尋ねられて「・・・!?」となった私。
釣書には、タバコ吸わないってあったはずなのに。読み違えたのかしら。
私はとにかくタバコの煙が苦手。
タバコを吸ってる人が夫になるなんて、想像もしたことないというか、あり得ない話でした。
ダンナ氏は、いろいろと言い訳してましたので、かなり気を遣ってることは分かりました。
「周りで吸ってる人がいっぱいいるから大丈夫」と、私もフォロー。

後日談として、私の釣書にタバコはダメとあったので、タバコはとにかくギリギリまで我慢したんだそうな。
タバコが原因で私からNGが出るかもな。。と思ったりもしたらしい。

仕事内容も、話を聞いてる限り、釣書とは明らかに違う。繁忙期だから、一時的に違うのかしら?と思ったり。
釣書の嘘(っていうか、仲人の勘違い、かな?)は、他にもあったのですが、まぁ、仕方のないことです。本人作成のものではなかったし。
ただ、釣書ってのは、釣り上げるためのものでもあるから「嘘」と書くとなんだけど、ちょっと「盛ってある」ことはありますね。

私はIT系に強い人が好みなので、自宅でPCを使ってるか尋ねたら、持ってもいないと。
私の周りが特殊なんだろうと思うことに。

向こうは私の名前(名字にさん付けだけど)をちゃんと呼んでくれるのに、私は相手の名前を覚えてなくて、今更尋ねることもできず、「しまったな。。」って思ったり。

梅田から堂島リバーフォーラムまで、ブラブラと話しながら歩いていて、
あら?話が違うことない?
と感じることが、ポロポロ出てきましたが、私の中でマイナス要因になることはありませんでした。
これまでのお見合いだったら、確実に減点でしたけどね。良い、とまではいかないものの、いつもの私ならNGを出してることもNGにならなかった。

そのあたり、今思えば私の無意識は、既にダンナ氏に対して好印象を持っていたのでしょう。

2012年2月 3日 (金)

2 初対面の時

「お嫁さまへの道」第二話。
お見合い当日のこと。

うざい、いやだ、行きたくない。お見合いなんかしたくない。
正直、そんな気持ちしか私の中にはありませんでした。

12月11日は、→Pia-no-jaC←の大阪公演のチケットを2枚持ってました。
6月のライブで感激して、12月には一緒に行ける人がいてるに違いない、というか、一緒に→Pia-no-jaC←を観に行ける人をそれまでに作ろう、と思ってチケットを2枚買ったのです。
なのに、一緒に行く人が、、できてない!

お見合いが入ってしまったため、困ってしまいました。
そもそも行きたくないお見合いなんだから、コンサートを理由に切り上げたらいいや、なんて、何人か誘ってみたのですが、ことごとく「都合が悪い」のお返事。
これは見合い相手とライブに行けってことかなぁ?と思いつつ、「でも、そんなんいやや」と、とっさに思う。

ふと、思い立ってマナカードを1枚ひいてみたら、出たカードが「前進」
今日のお見合い、悪くはなさそうやな、と思い直して、良い人なら一緒にライブを観に行けばいいし、嫌だったら隣が空席でもいいやっていう気持ちになって待ち合わせ場所へ。

顔が判別できない写真だったので、紹介されてダンナ氏の顔を初めて見たときの印象は、
「悪くないやん。モダンチョキチョキズの矢倉さんに似てるなぁ」でした。
(矢倉さんと言っても、もう15年前の頃の姿ですが。)

とはいえ、そもそも、うざいと思って出てきたお見合い。
紹介されながらも気持ちはそっぽ向いてまして、名前も右から左に抜けていっておりました。
あんまり気がなかったのは、ダンナ氏も同じで
「仕事が忙しい時期だから、年内に会う時間を作るのは無理だと思う」
と言ってて、私は
「クリスマスもお正月もパスできるのね。それは結構、結構。」
なんて思ってた始末。

私が「12月の見合いが一番うざい」と言ってたのと同じように、ダンナ氏は「こんな忙しい時に見合いさせるな。休みの日は少しでも寝たいっつーねん」とお母さんに電話でキレてたとか。二人とも嫌々ながら出てきてたんです。
今になれば、無理強いした人たちに感謝なんですが。

早々に仲人さんたちが退散してしまい、「あとはお若い二人で」と放り出されるのは毎度のことなのですが、ダンナ氏と同じ歳ということもあって、なんとなくいつもより気楽に話ができました。
この人となら、一緒に→Pia-no-jaC←のライブに行ってもいいかな?と思ったので、
「ライブに行く?」と尋ねたら「行ってみたい」との返事だったので、一緒に行くことにしました。

この時点では、まだ「悪くない」印象でとどまっております。

2012年2月 2日 (木)

1 発端

私の結婚までの道のりをセキララに語っちゃおう、という新カテゴリ、第一話です。

何事にも「始まり」があります。
私の「お嫁さまへの道」も然り。

夫となる人(今後はツイッターと同じく「ダンナ氏」とします)と出会ったのは去年の12月11日のことでした。それも、忌み嫌っていたお見合いで。

紹介してくれる人がいて、私から「会いたくない」と言えない状況だった為、去年はとにかくお見合いをいーっぱいしました。
ここには書きませんでしたが合計6人と会ったのかな。
で、ダンナ氏は6人目でした。
元々予定されていたお見合いの話が流れてしまい、ダンナ氏はピンチヒッター的にセッティングされてきたのです。

たいがいお見合いにうんざりしていた私は、送られてきた釣書を一瞥して、「どーでもいいわ」とうっちゃっておりました。
だって、写真はコピーをどれだけしたの?ってなくらい顔が判別つかないような代物で意味をなさなかったし、学歴も職歴も興味をひくものではなかったし。
失礼なことに名前さえも頭に留めず当日を迎えたのです。

それでなくてもうざいお見合い。中でも12月のお見合いは特にうざい。
私の誕生日があるし、クリスマスはあるし、お正月もすぐ来るし、バレンタインデーも近い。
イベント続きだから、相手に気に入られたら、うざくて仕方ない。
(過去に実際、非常にうざい経験をしたことがあるので。。)

そんなこんなで「あー、お見合いしたくない。行きたくない。うざい、うざい。。」
とぼやき倒しておりました。
実際、前日にお誕生日ランチをした友人に、どれだけ「うざいねん」とぼやいたことか。

でも、その反面、私の中で「近々、夫になる人に出会うであろう」という予感めいたものがありました。なので、お見合いはうざい、とか思いつつ、お見合い用に洋服を買いそろえてしまいましたからね。

こんな調子で、出会いの前ってのは、もう嫌で嫌で仕方なかったのです。
でも、嫌だからとキャンセルしてたら、ダンナ氏に出会えなかったわけで、そこに運命の妙ってあるな、と思うのです。

2012年2月 1日 (水)

新カテゴリ

ツイッターでは、包み隠さずリアルタイムで出していましたので、ご存知の方はご存知のことですが、ここいらでブログでもちゃんと発表?したいと思います。

私事ですが、結婚することになりました。
それも、超スピードで。
当初は結納を3月、挙式は秋口と思っていたけど、「それじゃ遅すぎる」と両親からのプレッシャーで結納を2月末に、挙式は6月で仮押さえ中。
自分の中ではそれでも十二分に早いと思っていたけど、もっと早く、という両親のプレッシャーが治まらず、会場がとれたら4月挙式かも、という状況です。

夫になる人とは、去年12月に出会ったので、まだ2ヶ月も経ってないのですが、まさかこの私にこんなことが起こるなんて、の連続です。

これまで、ほのめかすことはあっても、ちゃんと書いてこなかったのですが、なかなか面白い道のりですし、後々、初心を思い出せるように、久しぶりにセキララをやろうかと。

てなわけで、新カテゴリを作ることにしました。
「お嫁さまへの道」なんてね。