QRコード

  • 携帯からもアクセス!

ついったー

マナカード

  • マナカード

スプリング・コンサート2009

  • 4
    2009年6月27日のスプリング・コンサートの写真たち
 
Powered by Six Apart
Member since 07/2008

お嫁さまへの道 Feed

2012年10月27日 (土)

57 挙式当日

「お嫁さまへの道」第57話。いよいよ挙式当日の話になりました。

挙式当日、目覚めたら雨があがっていました。

一番遅い時間帯の挙式だったので、準備は午後から。午前中は比較的ゆっくりできました。母が「心付けのことを忘れてた!」とバタバタしてました。私は、受付をお願いしている友人たちの分とベビーシッターさんのお礼を準備していたので、母に預けました。

食事をしてきてください、と言われてましたが、そんなに食べることができなかったなぁ。妊娠していて、トイレがすごーく近かったので、あまりおなかに物を入れすぎると心配だったのです。

会場へは、家族と一緒に車で移動。母と妹の着物一式があり、なかなかの大荷物でした。

ホテルに着いたら、まずはチェックインして荷物を預けました。新婚旅行に持っていくスーツケースを実家で借りたので、挙式後に泊まる部屋にスーツケースを置きに行きました。

それから美容室にチェックイン。着付けの準備が始まったら、後はすごーく早かったな。いろんな人が、一斉にメイクやヘア、着付けをしてくれます。写真の都合、最初に色打ち掛けを着て、写真撮影をします。写真室でやっと、ダンナ氏と会いました。なんだか照れくさかったですね。色打ち掛けでの写真撮影が終わったら白無垢に着替え、綿帽子をかぶせてもらって、また撮影。

撮影が終わったら、神前式が始まるまで親族控え室へ。イトコ(兄)のベビちゃん用のベッドが入ってることを確認し、少し安心。ダンナ氏の親族は、全員で8名だったから、控え室も悠々としてたそうですが、私の方は30名もおりましたから、すんごい混雑っぷりでした。というか、入りきらなかった。

親戚たちが、次々と私のところにやってきて、「おめでとう」と声をかけてくれ、写真をパチパチと撮ってました。母方の叔父が「おじいちゃんとおばあちゃんの写真を持ってきたで」と額に入った写真を持たせてくれました。二人が生きているうちに結婚できたら、本当に良かったのですけど、ぜんっぜん間に合わなかったですね。(父方の祖父母は、二人とも早くに亡くなってます。)

神前式の前に、控え室で誓い言葉の用紙にサインします。写真撮影用にいろいろポーズをとったり、何かと忙しいです。控え室にいたら、外の様子が全然分からなくて、参列者はちゃんと入場したのかしら。。とか、いろいろ思ってました。

神前式そのものは、事前体験しているから、なんてことなかったです。でも、白無垢の手前をかいとって歩かなくていいようにピンでいっぱい留めてくれていたので、腕の動きが抑制されて、三三九度は口元まで杯を運ぶことができず、まねごとで終わってしまいました。これは私に限らないようです。最初は自分の家族側に座ってますが、誓いの後は新郎側に座ります。そこで、そうか、もう私は嫁に行ったんだなって、ちょっと寂しいような気持ちになりましたね。

神前式の後は、親族紹介。「参加せずに外でゲストと写真を撮られますか?」とスタッフから言われましたが、親族紹介に参加しました。こんな機会に親族の顔を覚えないとね。私の方は、総勢30名もおりましたから、普通よりも時間が大幅にかかってしまったようです。

親族紹介が終わったら、いったん控え室へ。私は白無垢から色打ち掛けに替え、綿帽子をはずして、かんざしも挿し直してもらいます。いったんカツラも外してもらって、一瞬、楽になりました。白無垢の間は、カツラと綿帽子で頭が暑くて重かったです。

披露宴は、ひたすら誘導されるがままに、って感じでした。最初のうちは、食事もできていて、余裕やなって思ってましたけど、演出しない代わりに、フォト・ラウンドやキャンドル・サービスを入れたので、あんまり高砂にいれなかったという。。

お色直し退場した時、介添え人さんが、 「新郎さん、かなり飲まされるんじゃないかしら。新婦さんがいると、皆さん遠慮されるのだけど、新郎さんだけの時間帯は、高砂に来られるんですよね。」 と言ってて、「え、そうなんですか。」なんて返事をしておりました。実際、私が退場した後、いろんな人たちがビール瓶を持って高砂に押し寄せていたようです。写真ができあがって見た時、大笑いしましたもの。。

「お色直しの後は、あっと言う間に時間が過ぎて終わるって言いますよ。」 とスタッフの方に言われて、そうなの?と、そのときは思ったのですが、実際に、あっと言う間でした。私は自身の余興がありましたので、特に。

余興は、やって良かったなぁ。父の友人が歌うGeorgia on my mindと、サプライズのMy Funny Valentine。ピアノがOマスターだったので、安心して演奏できました。途中で頭が白くなってフレーズが飛んでしまって、Oマスターにカバーしてもらって、再度復帰、みたいな。ほとんどの人には分からなかったみたいですが。

余興が終わったらもう終盤。私は高砂に戻ることなく、両親への花束贈呈と新郎父挨拶と新郎挨拶。あれよあれよという間にお開きです。ダンナ氏が前日の晩に必死で考えたという挨拶は、自身の両親だけでなく、私の両親にも宛てたものがあり、聞いていて驚いたのですが、なかなか良かったです。親族には好評だったようです。

先に新郎新婦が退場して来場者のお見送り。無事に終わって安堵する気持ちが強かったです。

始まるまでは、長く長く感じましたが、始まってしまえば、あっと言う間に結婚式と披露宴は終了しました。ドレスを脱いで、お化粧も軽くしてもらって、私自身もホッとしました。結婚準備を始めた途端、妊娠が判明し、つわりなどから、結婚式なんてやりたくない、と思った時期もあったけど、やって良かったです。

こんな感じでやっと「お嫁さまへの道」完了です。

2012年10月26日 (金)

56 挙式前日

長く続いた「お嫁さまへの道」あと2回の予定。今回は、第56話。挙式前日のお話です。

当時、妊娠初期だったため、挙式直前に身体のトラブルがあって、冷や冷やしました。最悪、入院でキャンセルもあるかも?と思いましたもの。なんとか乗り切れたようで、挙式の前日を迎えました。前日は、ダンナ氏も私もそれぞれ実家に帰りました。ダンナ氏と一緒に暮らし始めていましたが、 「前日は、実家に帰してあげなさい。うちはともかく、あちらは一人息子なんだから特に。」 と、言われておりました。いろいろと準備をしてたら、帰るのがちょっと遅くなって、母からチクリと嫌みを言われました。

ベビーシッターさんや、引き菓子など、外部発注したものの確認とか、レンタル衣装屋さんからの連絡など、細々と用事がありました。引き菓子は、北浜に住んでいるので、五感のお菓子が良いと、五感の本店にお願いをしていました。某百貨店のプランだったので、某百貨店か式を挙げるホテルで扱いがあれば持ち込み料がかからなかったけど、残念ながらどちらも扱いがなかったので、持ち込み料かかっても良いから直接、と。

会場から新居が近いので、最悪取りに帰ることができたけど、できるだけ忘れ物がないように、結婚指輪やドレス用の下着、心付け、余興用の楽譜やハーモニカ、などなど、実家に戻る前に、何度も確認しました。

実家では、親戚や母の友人たちからいただいたお祝いや結納道具をキレイに並べて写真に収めてからお片づけ。結納道具が次に使われるのは、いつになるのでしょう。父方のイトコが結婚するときに結納をすれば、かしら。

家族に再度、当日の流れを説明して、出発時間などを確認し、父から親族紹介用に資料がほしい、とのことで親族リストを作成。なにぶん、家族を含めて私たちの親族は30名もおり、その大半は母方の親族でしたので、当日、メモなしで顔を見ながら紹介するのは厳しいと。

新婦の母、XXX、新婦の妹、XXX という形式でリストにしたのですが、母のイトコたちは、誰が上とか下とか、あまり知りませんでしたので、母に確認をとりつつ作ると、結構時間がかかりました。席次表作成時に、ザックリと括り方は分かったのですけど、細かいことまでは知り得なかったので。

外は嵐で、明日のお天気は大丈夫かな?と思っていたけど、雨は上がりそうでした。寝る前にダンナ氏に電話したら、「新郎の挨拶を考えてる」とのこと。私は挨拶がないから気楽~ その代わりに余興がありましたけど。

外の雨音を聞きながら、寝入ってしまいました。 そういや、両親に「これまでお世話になりました」とか、やらなかったな。

2012年10月23日 (火)

55 少しこだわったもの

ぼんやりしていたら、下書きのままアップするのを失念していたエントリが。。
早く「お嫁さまへの道」も完結させないと、赤ちゃんが産まれちゃう。。
と言う訳で、再び「お嫁さまへの道」 今回は第55話。

なるべくシンプルに行いたかった披露宴ですが、少しこだわったのは音楽。といっても、自己満足ですけどね。

式場から、場面場面で使いたい音楽があれば提出するように求められます。
10代の頃から、自分が結婚する時、米米クラブの「浪漫飛行」を使いたい、と思ってましたが、いざ、となると、日本語の歌詞のものは、なんとなく恥ずかしくて使いませんでした。

ダンナ氏も「ここでしか、自分は役立てない」などと言ってましたが、なかなか選曲している時間がなかったようです。で、ダンナ氏の友達が、結婚式にオススメのBGMをなんと3枚CDに焼いて、おすすめのシーンなどのコメントを1曲ずつ書いてプレゼントしてくれました。「プレゼントしてくれたからには、1曲くらいはこの中から使わないと。。」と言ったら、「そんなの全然気にしなくていい」って。でも、やっぱり全然使わないのは申し訳なかったので、ケーキカットの時のBGMは、ダンナ氏の友人おすすめを使いました。

以下、参考までに使ったBGM

★ 披露宴のゲスト入場時

「FAKE BOOK II」 大橋トリオ
洋楽を大橋トリオがカバーしたアルバムです。大橋さんの歌声って、α波かマイナスイオンが出てる感じがして、好きなんですよね。何曲目まで流れたか分からないけど、アルバムの頭から流してもらいました。まさしくバックグラウンドミュージックで、多分、誰も意識して聴いてないと思います。

★ 新郎新婦入場(和装)

「万賛歌」 葉加瀬太郎



YouTube: 葉加瀬太郎万讃歌

和装なので、ちょっと和のテイストがある曲を、、と探しました。吉田兄弟などもチェックしてましたが、入場して歩くことを考えると、一番良い感じがしたのが、葉加瀬太郎の万賛歌でした。本当は、→Pia-no-jaC←の「結婚行進曲」を使いたかったのですけど、和装じゃ合わないね~、と諦めました。お色直し入場であれば、→Pia-no-jaC←の「台風」が使えたかな。でも、最初の入場で「台風」は、ちょっとないかもですね。

★ 乾杯
「交響曲 第9番 ニ短調 作品125 「合唱」 第4楽章」 →Pia-no-jaC←
いわゆる「第九」ですね。「かんぱ~い」の後、有名なフレーズからスタートさせたかったのですが、開始何秒後から、なんていう指示が面倒だったのと、うまくいかなかったら困るので、HIROのカウントから流してもらいました。

★ ケーキカット
「君の瞳に恋してる」 BOY TOWN GANG
ここでやっと、ダンナ氏の友達おすすめBGMを使わせてもらいました。


YouTube: BOY TOWN GANG - Can't Take My Eyes Off You ''MELODY DISCO 1982.divx

歓談などは、本当に本当にホテルおまかせのBGMです。ま、誰も注意して聴いてないですし。

★ 新婦お色直し退場
「MOVIN' feat. Maia Hirasawa」 SOIL&"PIMP"SESSIONS
後半は、ちょっと大人~って雰囲気にしたかったので、その前哨戦、みたいな感じで。



YouTube: SOIL&"PIMP"SESSIONS / MOVIN' feat. Maia Hirasawa special Ver.

ダンナ氏の一時退場は、ジャーニーから選曲してました。

★ お色直し入場&キャンドルサービス
「Relight My Fire」 quasimode
後半は洋装なので、音楽もちょっとカッコ良い感じでセレクトしてみました。入場なので、イントロが華やかな曲を。quosimodeを披露宴に使う人って、そういないだろうな、と自己満足。


YouTube: quasimode「Relight My Fire」 PV

キャンドルサービスは1曲の時間では終わらないから、quasimodeからもう1曲。
Ascension (The Land Of Freedom Part2) feat. akikoを使いました。You Tubeは、これの元ネタです。



YouTube: Quasimode - The Land of Freedom

後半は余興をしたり、でしたので、特にBGMはなく、新郎挨拶で、再度ジャーニーから選曲してましたね。

★お開き
「PEACE」 →Pia-no-jaC←
一番最初に選んだBGMが、この「PEACE」。この曲から広げていきました。もっといっぱい→Pia-no-jaC←の曲を使いたかったけど、2曲が精いっぱいでしたね~ 

誰も聴いてないと思うけど、ゲスト見送りは、「PEACE」が収録されているアルバム「暁」を頭から流してもらいました。見送りで外にいたので、全然聞こえなかったですけどね。

本当に、自己満足なこだわりでありました。

2012年9月26日 (水)

54 小物準備

「お嫁さまへの道」第54話。

0258
結婚式の時に、ウェルカム・アイテムなどを作って飾るっていう習慣は、いつできたのでしょう。ゼクシィでは、しょっちゅう特集があるし、今や、式場でも当たり前のように言われるみたいです。

私は、ウェルカム・アイテムとリングピローを準備しました。準備っていうほど、たいそうなものではありません。

ウェルカム・アイテムは、コンパルでもらったリングピローを実際に使うには恥ずかしすぎたけど、そのまま何も使わないのももったいないと思ったので、ウェルカムアイテムに転用。

0034
リングピローは、ギリギリで見に行って、とにかく簡単に作成できるものを。。と選択。接着剤でペタペタと貼り合わせる行程が大半のもの。前日に必死になって作ってました。時間に余裕があったはずなのに。。なんだかんだ言っても、妊娠して身体に余裕がなかったので、すこーしずつしか準備はできなかったですね。

写真は両方とも、当日のものです。

2012年9月25日 (火)

53 余興準備

「お嫁さまへの道」、今回は第53話。

準備は着々と進みます。挙式、披露宴共に、極力シンプルにやりたいと思っていました。いろいろと演出プランがありますが、全部断りました。

一つだけやりたいと思っていたのは、サプライズでダンナ氏が聴きたいと言ってた「My Funny Valentine」を演奏すること。伴奏をどうしようかな。。と思って、最初は出席してくれる友人に頼んでみたのですが、クラシック出身なので、きっちり譜面を準備しないといけません。普通の時なら良いけど、なにぶん絶賛つわり中!でしたので、そんな余裕がないまま時間が過ぎ、焦っておりました。

そんな時、父の友人にも出席してもらって余興してもらったら、という話になりました。今回、私の招待客は、親族だけでかなりの人数になったので、ほぼ親族のみだったのですが。父の友人というのは、ジャズバーで「Georgia on my mind」をいつも歌うおっちゃんです。いつものジャズバーでその話をしていたら、Oマスターが「それなら伴奏しにいってあげる」と言ってくれました。Oマスターが来てくれるなら、鬼に金棒です。どんなに私の演奏が揺らごうが、ちゃんと受け止めてくれるので、安心できます。

ってな訳で、ダンナ氏同席の打ち合わせでは、おっちゃんと一緒に「Georgia on my mind」を演奏することだけ伝えて、いない時にサプライズでもう1曲演奏することを担当者と司会者の人に伝えておいたのでした。

それにしても、久々にアドリブに取り組みましたですよ。もちろん、一人じゃ無理無理~ってことで、挙式直前にヘルプを求めて、レッスンにも行きました。

2012年9月24日 (月)

52 お祝い

暑さ寒さも彼岸まで、と言いますが、雨が降って暑さが和らいで、ホッとする今日この頃です。これで、夏バテしまくってる身体が少しずつ回復していけば。。と思う今日この頃です。
では、引き続き「お嫁さまへの道」、今回は第52話。時系列では前後するんですけどね。

挙式の1ヶ月ほど前から、親戚たちがお祝いを持って実家に来てくれる機会が多々ありました。事前に連絡があるので、なるべく実家に戻るようにしていました。
特に大安の午前中は、複数こられることもありました。

お祝儀をもらう前に、抱きあわせ紙やお干菓子、桜茶を来ていただけそうな数だけ準備。大阪では、お祝儀をもらったら、一割を抱きあわせ紙に包んで「おため」としてその場で返します。妹の時もあったと思うけど、全然覚えてなかったです。母方のイトコ(弟)が結婚した時、妹が祝儀袋を筆耕してもらわないと。。と、百貨店まで行ったのに付き合ったことがあるので、結婚式場で渡すお祝儀と親戚宅まで直接渡しに行く時では作法が全然違うんだな、というのは知っていたのですが。

来られる方は、袱紗や風呂敷に包んでこられるので、そのまま受け取って、別の部屋で金額を確認して、一割のお金を封筒に入れて、抱きあわせ紙に入れ、再度持ってこられた袱紗や風呂敷に包んでお返しする、という手順を踏みます。

お茶とお菓子を出して、結納の時に撮った写真など見ていただいて、皆さん、そんなに長居せずに帰って行かれるのですが、わざわざ来てくださって、ありがたいなぁ、と思いました。

ちょうど春コンの練習シーズンでしたので、必ず実家にいれた訳でもなかったので、私がいない間に来てくれた人たちもいました。母方のイトコたちは、奥さん連れで来てくれたそうです。イトコ(兄)は、3月末に第一子が生まれたところですが、イトコ(弟)は奥さんが第二子妊娠中とのこと。しかも、予定日は私と1週間違いらしい。昨年夏の妹の出産以来、親戚中でベビー・ラッシュです。それも揃いも揃って高齢出産で。イトコ(弟)の方は、現在の妊娠前に流産したそうで、しかも、今回の妊娠でも切迫流産で管理入院をしていたらしい。お祝いを持ってきてくれた時は、「もう大丈夫」と言ってたそうですが、半分実家で
静養中だったみたいです。

母から「イトコたちにお礼言っておきなさいよ」と連絡があったのでそれぞれに電話をしました。イトコ(弟)にお礼かたがた、「二人目できたんやって?」と言ったら「聞いたで~」の返事。

結婚式が終わるまで、私の妊娠はオフレコだったはずなのに、、と思ってたら、母が話したらしい。イトコ(弟)の奥さんが、流産してなければ、イトコ(兄)や妹の子どもたちと同じ学年だったのに、みたいな感じで、しょげこんでいたので、慰めるつもりで「実は」と話したらしい。そうでしたか。。

そんな感じで、私の結婚以外にもサプライズを含んだものになりました。オフレコと言いつつ、結婚式までどの程度、親族に私の妊娠は伝わってたんですかね(^^; 多分、叔父叔母レベルだと思うのですが。

Dscn0098


挙式の前日に片付けたのですが、その前にいただいたものを並べてパチリと。

いただいた金額やプレゼントなど、エクセルで管理して、挙式に来ていただかない人からのお祝いは、内祝いを出したり、挙式後もなかなか大変でした。

2012年9月23日 (日)

51 新居への引っ越し

「お嫁さまへの道」第51話。

新居へは、結婚式前に引っ越しをしました。5月中に新たに購入した家具や家電、カーテンの搬入は終わらせ、電気、ガス、水道等も開通させてありました。

ダンナ氏は賃貸なので、5月末で契約を終わらせて荷物を移動してきました。(で、私が引っ越しをするまでは、私のマンションにいたのでした。)ダンナ氏は、ほとんど処分だったので、段ボール3箱とテレビだけでした。引っ越し業者は使わず、宅配でした。なんて身軽なんでしょう。収集センターまで荷物の移動を同僚に頼んだら、こっそりと段ボールの中身を改められた挙げ句、ちょっとしたイタズラというか、サプライズが仕組まれるというオチがついたのでした。

私の方は、荷物が多くて大変でした。引っ越し業者を選んでいる余裕がなかったので、ダンナ氏がやってくれました。ダンナ氏は、別会社ですがクロネコ関係の仕事なので、社内割引がきくとかで、クロネコさんに引っ越しをやってもらうことにしました。

部屋の引き渡しは、3月末に済んでいたので、ちょこちょこと運べるものは自前で運んでました。(重たいものは持たない方が良い時期でしたので、無理のない範囲でね。)

担当の人が見積もりをしにきてくれて、段ボールと梱包材をそれはそれは大量に持ってきてくれたのですが、荷物の梱包は大変でした。全部運び出さず、部屋に残すものもありましたので、少しはマシだったと思うのですけど。それでも最後は半泣きでした。

最後の方は、ダンナ氏も手伝ってくれたのですが、さすが毎日荷物を扱っている人なので、段ボールを作ったり、梱包材の扱いなどが、とっても鮮やかでした。感心しちゃったなぁ。荷物を入れた段ボールも、運び出しやすいように積み上げたり、プロのお仕事ぶりを少し見せてもらいました。荷物はこれまでで一番あったと思うけど、過去の引っ越しと比べると楽でした。やっぱり男手があるのとないのとでは、大違いやなぁ。あ、男手というより、プロの手かな。

おかげで、引っ越し当日は、一人でしたが、すーっごくスムーズで、あっという間に終わりました。両親が手伝いに行こうか?と言ってくれた時には、もう全部荷物の移動が終わってました。ただ、その後、荷物を片づける作業は、非常に非常に時間がかかったのですが。。

2012年9月22日 (土)

50 新婚旅行先を決める

「お嫁さまへの道」第50話。なっがいシリーズになったなぁ。もう挙式に近いから、60話にもならないと思うのですけど、どうなりますやら。

当初、新婚旅行は海外旅行が初めてのダンナ氏の行きたい場所へ、ということで、ドイツを検討していました。でも、妊娠して、つわりも始まり、とてもじゃないけど、海外旅行なんて、、という状態になりました。

結婚式が終わって新婚旅行に行くまでは、ダンナ氏の両親含め、他の人には妊娠していることを公表してはいけないと、口酸っぱく母から言われていました。その母から「とにかく新婚旅行に行きなさい」とも言われていました。新婚旅行に行かなければ、周りから妙な勘ぐりをされるからって。要するに「妊娠してるのでは?」って思われてはいけないってことなんですが、実際のところ妊娠してる訳ですし。。

昨年夏に結婚したイトコが、お盆の時期にヨーロッパへ新婚旅行をする予定になっていたのですが、直前にお嫁さんの妊娠が判明して旅行をキャンセルし、結局、新婚旅行にいけないままになっています。当時、叔母も母も「黙って行けばよかったのに。。」と言ってました。初期の流産は自然淘汰だから、おとなしくしてたからなんとかなるってものでもないのにーって。ちなみに母は、私がおなかにいる時、ハワイ旅行に行ったのだそうです。「初期で一番危ないって言われる時期だったけど、黙って行った」んだそうで。ハワイ三島巡りのオプショナルツアーにも参加したんだとか。

私自身、つわりの時期は、新婚旅行に乗り気じゃなかったのですが、つわりが治まって気持ちも身体も楽になってきたら、旅行した気分でいっぱいになりました。そもそも、「結婚するまでにやりたいことリスト」の中に「近場で良いから海外旅行」というのがありました。海外旅行じゃなくても、どこか旅行に行きたかったんですよね。せっかく会社も辞めたことだし、リフレッシュしたかったのです。でも、妊娠して、つわりが始まって、旅行どころではなくなってしまいました。妊娠するまでにROLLYの公演を観るために東京に行きましたが、その時も当初はゆっくりするつもりが、マンションの引き渡しが入って、ライブを観るだけでトンボ帰りする慌ただしいものになってしまいました。

そんな訳で、ダンナ氏に「新婚旅行、行きたい!行きたい!」と騒ぎたてたのですが、ダンナ氏は「身体は大丈夫なのか」と良い顔しない。無理に旅行して、万一のことがあったら後悔してもしきれないと。

確かにそうです。褒められる行動ではありません。実家に帰ったり、母や父と顔を会わす度に「新婚旅行どこに行くか決めた?」と尋ねられ、「彼が煮え切らなくて。。」と言葉を濁すことが続きました。父は「無理に行かなくても」とも言ってましたが、母は「とにかく行きなさい」の姿勢を崩さなかったですね。そんなプレッシャーもありましたが、調子が良くなってきたところで私も、ここで旅行に行かなかったら、ストレスがたまりすぎて私が爆発しちゃう!という状況でもありました。

私が駄々をこねて、こねまくって、やっとダンナ氏が「行こう」と言ったのは、挙式の3週間前でしたか。行くなら、なるべく近くて、のんびりできるリゾートにしようと、最終的にはバリかハワイのどちらかで検討し、何かあった時に日本語で対応してもらえるのは、ハワイであろう、ということで、ハワイに行くことにしました。私は英語が話せるのはもちろん、これまでに何度もハワイに行ってますので、どういう場所かも分かってるので、少しは安心であろうと(ダンナ氏がね)。

後日談ですが、結婚式が終わって新婚旅行から戻るまで、ダンナ氏の両親には、私の妊娠は公表しない約束だったのに、ダンナ氏は破ってたんです。喜んではくれたけど、当然、新婚旅行に行くことは大反対。ダンナ氏がなんとか両親を納得させたところで「行こう」と言ったのだとか。煮えきらない態度をとってた時は、両親説得中だったんですね。。

実際に旅行申し込みをしたのは挙式から2週間前。いろいろ選ぶ余裕ないのは分かっておりましたので、旅行会社で日程を言って、その時期に空いてるホテルと飛行機を手配してもらいました。新婚旅行だからといって、ホテルのランクにはこだわらず、でも、飛行機だけはエコノミーじゃなくてビジネスにしてもらいました。

ダンナ氏は、海外旅行が初めてで、パスポートもなかったので、委任状を作って私が代わりに戸籍や住民票、パスポートの申し込み等、動きました。ESTAも二人分申請して、本当にギリギリなんとか間に合いました。保険は、妊婦にも対応しているものを申し込み。

この時点では、新婚旅行先がハワイになったことについて、ダンナ氏に申し訳なかったなぁ、と思ってました。妊娠してなければ、ドイツに行ってたはずなのに、とにかく海外旅行したいという私のワガママで、特に行きたいと思っていた訳ではなかったハワイに行かせることになってしまった。

母から「初めての海外旅行でハワイなら、とりあえず感激できるわ」と言われたのですが、実際に行ってみたら、ダンナ氏はすっかりハワイに魅了されてしまったのでした。私の父は、ハワイ大学に留学経験があるハワイ狂、父方の叔父、妹のダンナさんも大のハワイ好き。ハワイの話をすれば、あっと言う間に皆で和めるので、結果オーライってやつでした。

2012年9月20日 (木)

49 打ち合わせ、打ち合わせ その2

「お嫁さまへの道」第49話。
前のエントリでは式場との打ち合わせについて書きましたが、それ以外にも、打ち合わせはあります。今回は、そのお話。

まずは、レンタル衣装屋さんとの打合せ。洋装、和装で着るものは決まってましたが、それに合わす小物類の打ち合わせ。白無垢の時は、綿帽子をかぶることにしたので、綿帽子の選択、洋装時のアクセサリー類。そして、私が妊婦だったため、挙式直前にドレスのサイズ合わせ。ダンナ氏も体重の増減が激しい(自己申告)とのことで、一緒にサイズ合わせに行きました。

0006 0143


左は、和装時の小物類。これはベーシックなセットでおまかせ。
右は、かんざし。モチーフや色味がいろいろありまして、自分で選びました。

0206_2

美容の打ち合わせも別途です。ホテルの美容室と打合せをします。和装時にかぶるカツラ、カツラに挿すかんざしも、それぞれ決めます。
和装に関しては、カツラとメイクのリハーサルも行いました。洋装に関しては、ヘアのみリハーサルしました。(メイクもやりたかったにはやりたかったけど、時間とお金がかかりますのでね。。)メイクのリハーサルは面白かった。メイクで化けるね~、私、みたいな(笑)

右の写真は、和装時の後姿です。カツラは、昔と違って、かなり軽量化されていますので、そんなに重くはなかったです。でも、白無垢の時はこの上に綿帽子をかぶるから更に重く、蒸れたので、キツかったです。

0485
妊娠してなければ、ブライダルエステも時間をかけてやりたかったのですが、そういう訳にもいかなくなったので、前々日に襟足の処理など、最低限のものを受けました。ネイルもやりたかったけど、体調維持のため自爪でいきました。最初が和装だったから、ネイルは無しでよかったかも。

つわりが収まって調子が良くなってきた頃とはいえ、挙式直前に引っ越しをして、身体に負担がかかってしまったようで、「緊急入院することになるかも?」な出来事が起こったり、冷や冷やしました。。

2012年9月19日 (水)

48 打ち合わせ、打ち合わせ

話はまた「お嫁さまへの道」に戻り、今回は第48話。

結婚式の打ち合わせは、担当者決定後の初回、司会者、挙式1ヶ月前、挙式1週間前の計4回が必須なんですが、決めきれずに何度も足を運ぶことになりました。これでもブライダルフェアで頑張って方向性を決めてやったつもりなんですけどね。基本、面倒くさいことはしたくなかったので、簡素に簡素に「いりません、やりません」が多かったです。(こだわったら、こだわった分、お金もかかりますし。)

お花ひとつにしても、洋装時のブーケ、ブートニア、高砂、ウェディング・ケーキ、ケーキ入刀用のナイフの装花、ゲストのテーブル装花、両親への贈呈用花束、などなど、ぜーんぶ決めていきます。「適当に良いようにして」というのはナシ。
0126 0132 0136
珍しく写真などアップしてみる。
左からゲストテーブルのお花とキャンドル。お花はプラン内で色目を指定し、キャンドルと一緒にまとめてもらいました。キャンドルはプランになく、オプションです。
中央は、ケーキカット用ナイフのお花。これはオプションなので追加料金ついてます。
右端はケーキカット用ケーキのお花。プラン内で色目のみ指定してます。

0145_3 0282

左は高砂のお花。プラン内で色目のみ指定。
右は、洋装時のブーケ。これはオプションです。一番お安いタイプで季節のお花を、ということでお願いしました。ドレスの色に映えるように、ひまわりがメインです。

テーブルクロスにナプキン、イスのカバー、キャンドルサービスのキャンドルなど、こんなものまで?なものも。
0128 0130

テーブルクロスは、シンプルに白を。でも、素材もいろいろあったんですよね。ナプキンも色に質感がいろいろと。右は、後述する席次表とメニュー。

ペーパーアイテムもいろいろありました。まずは招待状。あれもいろいろあったのですが、一番シンプルなものを選択しました。だいたい、和装挙式でしたから、ファンシーなものは必要なし、と。

席次表とネームカードのデザインは、ちょっとだけこだわりました。結婚式で大変な作業の一つと言われる席次表作成は、昨年夏に母方のイトコが結婚した時のものを参考にすることができたので、そんなに苦労しませんでした。新郎と新婦では、上席の順番が逆になるので、そのまま使うわけにはいきませんでしたが、かなり楽させてもらったかなぁ。なんせ、私の家族と親戚だけで30名おりましたが、その大半が母方の親族でしたので。

ゲストの目に触れるものではありませんが、神前式でしたので、挙式時の親族の席順リストもありました。ダンナ氏の方は、家族と親族併せて8名でしたが、私の方は30名おりましたので、神殿に入ってもらう人と客席で見てもらう人と、それぞれ作りました。

去年結婚したイトコの奥さんが3月末に出産したところでしたので、ベビーシッターさんを手配したり、家族や親族の美容着付けの予約等、細々とやることはたくさんありました。

一番こだわったのは、音楽ですね。これは別エントリにしましょう。