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スプリング・コンサート2009

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    2009年6月27日のスプリング・コンサートの写真たち
 
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だめんず Feed

2016年7月28日 (木)

最近のお気に入りおやつ

最近、とっても気に入っているおやつ

オーストラリア在住のナチュロパス(自然療法師)なみさんが運営されているTaiyo Helthさんのオーガニックナッツ&フルーツミックス。

以前、なみさんのセミナーを受講したときに、オーストラリア土産としていただいて気に入りました。
ナッツって、そんなに好きじゃないというか、わざわざ自分で買うものではなかったけど、初めて食べた時
「うわっ、なんておいしいの!」
と感激し、以来、リピートしています。

全種類制覇したわけじゃないけど、最初にいただいた「Detox」が今のところ一番のお気に入りです。
息子もここのナッツが大好きで、ポリポリたくさん食べてしまいます。
アクティベートされたオーガニックナッツだから安心。

ダンナ氏もお気に入りで、袋を開けたらあっという間になくなっていくので、2つ買い足し、オーストラリアから遠路はるばる、普通郵便で到着しました。
段ボール箱からこのナッツを見つけた息子、大興奮で「食べたーい!」と騒いでいました。

Img_2762

奇しくも、あいかさんがここの「Energizer」をおすすめされていました。
「Energizer」は試したことないから、今度買ってみよう。

2007年12月16日 (日)

アマヤカシスト

雑誌の整理をしていて、ちゃんと読んでなかった「FIORE」を手にしたところ
「ダメ男大図鑑」という特集が目に入りまして、今後の参考に(爆)と
眺めておりました。
「ダメ男分類チャート」は、今のところ対象の人がおりませんので
6種類くらいに分類されているダメ男を、「いるよなぁ。」とか
「こんな人にはまだ会ったことない」とか思いつつサクッと読み流して、
「自分の恋愛弱点を知るアラサー(Around 30のこと)女分類チャート」
ってのを見て、やってみました。

結果は「アラサー目アフクロサン科アマヤカシスト」

学級委員会タイプの「頼られ」キャラ。
職場では後輩から慕われるいい先輩。
メイクは苦手で、おしゃれにも疎い。
そのナチュラルな風貌から漂うほっこりオーラはまさに”おふくろさん”!
恋愛では、思わずかまってあげたくなる生活力のないダメ男に心を奪われがち。
忙しい合間を縫って彼に会いに行き、「も〜」とか言いながら「掃除・料理・
マッサージ」の3コンボで甘やかす。
間違った博愛心が相手の自立のチャンスを奪いがち。
ダメ男養成塾のトップリーダー。


・・あああsign01
前に彼氏がおった時の私そのままではないかcoldsweats02

前の彼氏が典型的な「だめんず」だったのですけど、
(周りもみーんなそう言ってたのだから間違いない)
途中で「もしかして自分が彼氏のだめんず度を高めているのでは?」
と思うようになったんですよね。

長女で親戚中どこに行っても一番年上で、人の面倒をみることが多くて
甘えることをあんまり知らないできたものですから。
それにしても。。
次は「生活力のないダメ男」には気をつけなくては。
(実際、「明らかに生活力なさそう」な人に弱い傾向があるのは自覚済み。)

2006年12月16日 (土)

浮気の定義

夏祭りさんの「浮気の定義。。」を読んで、2年前に同じく「浮気の定義」というタイトルで書いたもののアップしていないエントリがあるのを
思い出しました。探したらマシンにファイルが残っていたので、
読み返してみたら、今の私には書けないことを書いてるので、
そのままアップしてみようと思います。

ちょうど2年前くらいの話です。
今回のアップにあたって、一切、手を加えてません。
当時のまんまアップします。かなり生々しい(苦笑)です。

ちょっと気が変わったので、「続きを読む」設定にします。
興味ある方は、ポチっとクリックしてお読みください。

あくまで「2年前」の私の話です。
今の私とは別人と思っていただいても結構です。

続きを読む »

2006年12月 3日 (日)

過去の残骸

部屋の整理をしていたら、スルッと関西のカードが大量に出てきたので、
そういえばきれいな絵柄のものだけ残してた時期があったなぁ、
なんて眺めた後、捨てようとしたところ、友人がオークションのネタにしていた
のを思い出して、彼女に譲ることにした。

友人にカードを渡した時、
「これって前の彼氏とつきあってた時に使ったやつ?」
と尋ねられて、そうだっけ?と思いながら裏の乗車記録を見たら
指摘されてやっと気づいたのだけど、まさにその通りだった。

梅田から大宮だったり大阪から二条だったり垂水だったり、
途中まで定期を持っているとはいえ、大阪駅から目的地まで
往復1000円以上、時間も4時間以上かけて毎週のように
通っていたんだった。
振り返ってみて、よくやったなぁって思う。
若かった、と、言えるのかもしれない。
親に反対されていたから、意地を張っていた、とも言える。
冷静になって考えたら「そんな男、とっとと別れとけよ」って思えるのだけど、
意地を張っていた都合、簡単に別れることができなかったのだった。
数え切れない修羅を思い出すと、よく耐えたなぁって不思議になる。

京都から垂水、そして日吉。
距離だけがどんどん広がって、さすがの私も疲れ果てたのだった。
永遠に若いまま、結婚や家族を作ることを考えないで済むのなら、
仲良くやっていけたのかもしれない。
でも、現実にはそういう訳にはいかない。
将来を考えた時、お互いの希望は平行線のまま寄り添うことがなかった。
嫌いになった訳ではないけど、このまま関係を続けていても、
お互いのためにならないと別れることにしたんだった。
親に反対された理由は、今さら書く気にもなれないけど、
後々、あの人は自分の言動が子どもであったことを悔やんでいた。
そして、なんとか私の両親と関係を取り持ってほしいと頼んできたのだけど、
他人任せで自分から行動を起こすことがなかった。
そんな状態だったから、私も親の反対をなんとかしようという行動をとる
情熱もかきたてられなかった。
それどころか、本人は浮気じゃないと言ったけど、寂しいからと一般的に浮気と
呼ばれる行為を繰り返した挙げ句、
「僕のそばにいないEmmeryが悪い」
と言われたものだ。
「どこでもドア」でもなければ大阪から東京にはすぐ行けないよ。。

遠距離で頻繁に会えなかったから、別れた実感が伴わなかったのもあるけれど、
別れた後、寂しいなんて思うことはなかった。
逆に安らぎを感じていた。
それも、重い荷物をおろしたときのような安堵感。
遠くにいても、とにかく手のかかる人だったのでね。

淋しいオンナと言われるかもしれないけど、しばらく男はいらない。
面倒くさい男は懲りごり。
本気でそう思ってた。
近くにいなかったから「おひとりさま」も慣れっこだったし。
♪もう恋なんてしない
で、気持ちが止まってた。

気がつけば、別れてから1年以上過ぎてた。
もう恋なんてしない、なんて思いがなくなってることに気づいた。
それどころか・・・、かな?
今は胸を張って
♪もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対
と歌うことができる。

とりあえず、過去の残骸を見ながら感傷の思いに浸ることもなく
淡々と過去の事実を眺め、認めるに留まったのだった。
あんなに長くつきあったのに、冷たいくらい思い出すこともない人。
あの時、別れなければ・・と歯がみするくらいイイ男になっていたら
良いなと思う。あの人が心の寂しさを忘れてしまえるような存在が
できていたら良いなと、本気で思う。

2005年12月 7日 (水)

残念なお知らせ

誕生日が近くなったら、やっぱり思い出してしまうこと。

去年の誕生日は、誰よりも早くおめでとうを言って欲しかった人から
電話もメールもなく、電話をしてもつながらず、メールを送っても
返事がなく、日付が翌日に変わるまで待ち続けても何の音沙汰もなかった
とっても虚しい日を過ごしてしまいました。

私は妙なところ勘が鋭くて、普段は週末に1回電話をかけたらせいぜいなのに
平日の晩に、用事もないのに「何か電話かけなくちゃ」と思うことがあって
そんな時は電話をかけたら必ず留守電なの。
メールを送っても返事はこない、と。
会社に泊まっていて携帯の充電がなくなった、というケースもあったのだけど
そんな時は私も何となく、また会社に泊まってるんでしょ
と思ってそれ以上かけないのだけど、どうしてもどうしても気になって
気になって、かかるまで何度も何度も電話をかけたりメールを送ったり
してしまうことがありました。
そんな時は、たいてい別の女の子とデートしていたようです。
彼氏がそういってぼやいてたことがありました。
浮気を疑ってた訳じゃないけど、他の女の子とデートしていると
たいてい何かをキャッチして電話していたらしいです。だから、他の女の子と
遊んでいる間は携帯はつながらないようにしてあった訳です。

嘉門達夫のアルバム「残念なお知らせ」の最初に

残念なお知らせを申し上げます
あなたがおかけになった電話は愛情の届かないところにあるか
相手の気持ちが冷めている為かかりません


ってアナウンスが流れるんやけど、笑った後で笑えねーって思っちゃった。
まさにその通り。同じ電話が通じないなら、嘉門さんの声でこのアナウンスが
流れた方が潔くてよほど救われたと思う。

付き合っている間、関西にいる時も遠距離になってからも、彼氏が他の女の子と
遊びに行くことを咎めたことはありません。
本人も浮気じゃない、と言うので、「はいはい、浮気じゃないのね」と流してきました。
一度だけ他の女の子とのデートするのに一晩で5万円も使ったと聞いた時は、
さすがの私も、5万円あれば私に会いに新幹線で新横浜→新大阪を往復して
ご飯をごちそうしてくれてもお釣りが出ると説教しましたが。
お金がないから私に会いに大阪に行けない、と言いながら、他の女の子に
散財するお金はあった訳やね。


いっさい連絡がつかなかった誕生日の翌晩にやっと電話をしてきて私の誕生日を
一日勘違いしてたって言ってたけど、他の女の子とデートしてたんですよ。
ひっどい話ですよね。

今年はそんな風に、誰よりも早く一番最初におめでとうと言って欲しい、
なんて思うことがないから気楽です。
今年は一人で盛大に祝ってやる。

2005年11月30日 (水)

だって分かるんだもん

マグカップに引き続き、もう一つ別れてしまった彼氏の部屋にあった物ネタを。

横浜の彼氏の家に遊びに行った時のこと。
どう考えても男の人が買うとは到底思えない、とっても可愛らしいブツが
飾られているのを発見。
「これ、どうしたの?」
と尋ねたら、ニヤニヤしながら
「女の子がプレゼントしてくれてん」
とのお返事。私の反応を楽しもうとしていたみたいだけど、次の瞬間、
プレゼントの送り主が分かって
「おーちゃんからもらったんでしょ?」
と返事をしたら大当たりだったようで
「なんで分かるのー?」
なんて言われた。理由は分からないけど、分かるんですよね。

おーちゃんは、彼氏の学友で私も何度か会ったのだけど、私も初対面で
意気投合しちゃったくらい、なかなか感じの良い女の子です。
プレゼントは、おーちゃんのお兄さんが東京に住んでいて、お兄さんに会いに
彼女がやって来た時に一緒に会って、その時にもらったらしい。彼氏とお兄さん
は、つるんで遊びに行くような仲良しになったこともあって、おーちゃんは
その後も何度か「兄がお世話になってますぅ〜」みたいなプレゼントを時折
彼氏にしてくれていたのだけど、そのたびに私が
「これ、おーちゃんがくれたんでしょ」
と、言われる前に見抜いてしまうので、いつも
「なんで分かるのー?」
って尋ねられたけど、何で分かるのかは私にも分からない。
でも、なーんか分かってしまうのですよね。

他にも、言われずとも見抜いてしまうことがいろいろとあって、
「部屋に隠しカメラでも?」
と冗談で言われたことがあったけど、こちらも何でか分からないけど
分かってしまうことってあるんですよね。

マグカップ

マッキーの「どうしようもない僕に天使が降りてきた」を聴いていて、
思い出してしまった情けない出来事。
この曲の中では、昔の恋人がくれた目覚まし時計をいつまでも使っている僕に
彼女がキレて、目覚まし時計を持って外に飛び出していって、空き地で投げ捨て
てしまう、というストーリー。

あれは彼氏とつきあい始めて2年過ぎた頃だったと思う。
彼氏の部屋のキッチンで、さりげなく置いてあるマグカップと目があった。
物と目が合うわけないだろう、と言われそうだけど、あれは目があった、
としか言いようがなかった。どう見ても彼氏が買ったと思えないブツだった。
彼氏に尋ねると、ある女の子がお茶を飲む時用に置いていったんだと言う。

よくよく聞くと、その頃、頻繁に家に尋ねてくる女の子がいたらしい。
何で知り合ったのかまでは覚えてないけれど、相手は消費者金融で営業を
している人で、彼氏のことを好きになってしまったらしく、営業で近くに
来たからと家に顔をだすことがちょくちょくあったらしい。
それで、立ち寄った時に自分のマグカップでお茶を飲めるように、と
置いていったらしい。ステディな彼女がいると知っての行為で、
私に対する明かな挑戦状だった。

挙げ句、終電が無くなったんだったか理由は忘れてしまったけれど、
部屋に泊めてあげて、寒かったから一緒のふとんで寝たのだと、
それも背中にずっと寄り添ってくれた状態で眠ったのだと、
まぁ、今更ながら書いていて情けなくなるのだけど、そんなことを
しら〜っと話し、聞かされたわけです。
(この程度の出来事は、別れるまでに何度も別の女の子との間であった)
当然、私は
「次来たらマグカップ持って帰らせ!!!泊まる場所のない女の子を
部屋に泊めるのは許すけど、部屋は他にもあるんやから女の子に
ふとん寝かして自分は寝袋で別の部屋に寝たらええやろが!」
と激怒したわけです。

当時、彼との交際を私の両親から大反対され、別れたことにしてこっそりと
つきあっていたので、相手の女の子に弱みを握られた、
ここで「別れる!」なんて言ったら、向こうの思うツボだし、
勝負に負けたことになってしまうとその時は思ったのです。
私の剣幕に「次来たら持って帰らせる」と彼氏は言ったのだけど、
それ以降、彼女が彼氏の部屋を再訪することはなかったようです。
これに関しては、嘘のような本当の話があるのだけど、本筋外れるので
ここではやめておきましょう。

機会があるたびに、処分しろとうるさく言ったにも関わらず、マグカップは
垂水に引っ越した時も、横浜に引っ越した時もなぜか処分されることなく
一緒についていって、横浜の時はさすがの私も
「なんで処分せんかったのや!」
と怒ったのだけど、最後まで台所の隅に鎮座してましたね。
今も置いてあるのかなぁ。別れちゃったから、もうどうでもいいけど。

マッキーの「どうしようもない僕に天使が降りてきた」を聴くと、
曲の中に出てくる彼女のように、マグカップを持って外に駆けだして
空き地で投げ捨てたらどうなってたかな、と思ったりする。

付き合ってもうすぐ1年で
ずいぶん仲良くなったから
キスしたって抱きしめたって
挨拶みたいに思ってた
やっぱり空き地で見つけた
君はなんだか他人みたいに
僕におじぎをしてみせた
「愛を勘違いしないでください」って
君が両手を空に上げて
目覚まし時計は飛んでいった
まるで誰かを見送るように
そっと微笑んで
     「どうしようもない僕に天使が降りてきた」

2005年9月 4日 (日)

今さらながら

長くつきあった彼氏と別れてしまった話を共通の友人にやっと話した。
共通の友人なんて数少ないのに。
そうしたら、

正直に言うと悪い人じゃないけど、あまり、おすすめという感じでもない
精神的に弱すぎると思う

という返事がきて、少々驚いた。
(了承いただく前に書いちゃった。ごめんなさい!)

当たり前だが、つきあっている間そんな話を誰にもされたことがなかった。
彼氏は、かなり個性的な人だったので、
「Emmeryちゃんみたいな安定してる人がそばにいる方が安心かも。」
みたいなことはよく言われた。
でも、今から考えれば、その言葉の裏をとればあんまりよくない意味よね。
全く考えたことなかったけど。

二人でいる姿は理想的というか、好ましいものとして他人の目に映ることが
多かったようで、しみじみ「良いですねぇ」と言われることが多かった。
なにが「良い」のか分からなかったけど。

元々彼氏の友人で、後で私も友人になった女の人が結婚した時、二人で
お祝いのパーティに出席したところ、彼氏の仕事関係の人たちが一堂に揃っていて
あの場では、すっかり妻的立場で立ち居振る舞いをすることになってしまった。
皆から「これが噂の!」みたいな眼差しで見られた挙げ句、
「彼をきちんと操縦できるのはアナタだけですから、これからも
よろしくお願いしますよ。」
みたいなことを彼氏の上司をはじめ、何人かから言われたのを、ふと思い出した。
これも裏を返せば、彼氏の評価ってあんまり良くないってことか?

別れてしまった今となっては、いかんともしがたいのだけど、
今さら今さら振り返ってしまった。。

2005年7月 6日 (水)

朝ごはん

それは夜も遅くから始まった会社以外で私が関わっている仕事に関する
打ち合わせの場の出来事。

「アンタの元カレって朝ごはん作る人やってんなぁ?」
いきなり、そんな言葉が降ってきた。でも、それは私への問いかけではなく、
向いに座っていた彼女に向けられたものだった。
彼女は、最近別れたばかりだから、と前置きして、ビールを一口飲んで
「その話はちょっと。。。。」
と口ごもってしまった。
何の話題をしていてこんな質問が降ってきたのか知らなかったけど、
彼女の代りに私が話題を引き継いで
「私の元カレも朝ごはん作る人だったよ」
と彼女に向かって言った。質問をした友人は私の彼氏を知っているので
「Sちゃんって朝ごはん作る人やったんや!」
と、意外そうに笑った。

「別れる最後の日の朝もしっかり作ってもらって2人で食べてましたよ」
と言うと、
「別れるって決めた後も作ってもらってたの?!」
なんて、また笑われたので、ちょっと調子に乗ってしまった。

「泊まりに行ってる間に別れるって決めたけど、それそのものは修羅場
じゃなかったから、決めた翌朝も別にフツーっていうか、朝ごはん作って
もらっていつも通り2人で食べて、食べた後は品川まで送ってもらった。。」
「品川ってアンタ、別れた彼氏に送らせたン?」
「あ、品川じゃないや。品川で荷物をおろして、彼氏は学校に行くから
田町まで一緒に山手線に乗って、田町で『じゃーねー、バイバーイ』
って別れて、私はその後、新橋に別の男に会いに行った(笑)
あ、男って意味深な人じゃなくって、ただの友達ですよ。」

ずっと話を聞いてた友人の仕事仲間の男性が口をはさんできた。
「俺、そのことより彼氏のことがよく分からんな。別れた後やろ?」
「別れたって言っても、修羅場じゃなかったし、泊まりに行ってたから
あえてフツーっていうか、別れたから特別ってこともなかったですよ」
「そんなもんかねー。俺にはよく分からん世界やなぁ。」

そう、あの朝、私が泣きはらした目をしていた以外は、何もかもがフツーで、
すかんちの「Thank You」の歌詞のようだった。
「どーしよー。初対面の人に目が腫れた顔見せたくないよー」
と、腫れを少しでもひかせようと冷やしてみたり、温めてみたりを
繰り返す私を見て、
「そんだけ楽しみにしてるってことやろ」
と言いながら、いつも通り朝ごはんを作って紅茶にミルクを添えてだしてくれた。
彼氏が作るベーコンエッグは、時々、片っぽがつぶれてた。
そんな時は、つぶれた方を私に出さず自分で食べてた。
あの日の朝、ちょうど良い半熟状態だったベーコンエッグをトーストの上に
のせて大口あけて食べようとしたら失敗して、まるで小さなお子ちゃまの
ように黄身をこぼした私を見て
「あー、もう、世話が焼けるなっ」
とタオルを投げてきた。

私の重い荷物を担いで品川まで送ってくれて、荷物を預けた後、
ちょっと身繕いしたいから
「先に(学校のある田町に)行ってよ」
と言っても
「いや、待ってる」
と、じっと待っていた。
田町の駅で、これまたいつも通りキスを交わして「じゃあね」と別れた。
「別れた」とお互いが意識した以外は、何もかもがいつも通りだった。
ただ、そこから先が、いつもとは違う日々を始めた。

遠距離で普段は会えないから、せめて会っている時間は楽しいものにしたい、
と、最後の頃は切ないくらいお互いがそう願い、実行してきた私たちにとって
これ以上「らしい」別れ方はなかった、と今、振り返ってみて思う。

2005年7月 5日 (火)

天使の卵

村山 由佳さんの小説「天使の卵」が映画化されるというニュースを聞いて、
ふと思い出したこと。
小説の内容とは全く関係がないのでご注意ください。

あれは垂水の家での出来事だった。
「ホームウォーミング」というには少々遅かったけど、
彼氏が引っ越し先の一軒家のお披露目会を開いた時のこと。

何がきっかけだったか覚えてないけれど、ケンカの最中だった。
ケンカじゃないな、両親から交際を反対されて隠れてつきあっていたこと、
私がいつまでも実家暮らしをしていることなどを理由に彼氏から
なじられていた最中だった。
日常茶飯事といってよいくらい、しょっちゅうあることだったけど、
最後まで慣れるわけなく辛いことだった。
今思えば、そんな男なんか、とっとと別れとけって感じなんだけど。
いろんな要素が絡まりあって、あの頃は別れる選択なんてカケラも頭になかった。

私はその日、りんくうで用事があって、その後延々とJRに乗って
大阪湾沿いを走って垂水に向かった。
その電車の中で、すでに半泣きだった記憶があるので相当ひどい言われ方を
していたのだと思う。ひどい言われ方も多々ありすぎて記憶にも残っていない。
そんな状態でも、彼氏の元に向かった私は何だったのだろう。
意地をはってたとしか言いようがない。

垂水に着いて、差し入れにビールを買って持って行ったら家には誰もおらず、
入り口のシャッターが降りていた。
彼氏に電話をかけても留守電になるばかりでつながらない。
しばらくドアの前で待っていたけれど、やっぱり電話がつながらないので
今日は招かれざる客だったのだ、と思いながら
ビールを軒先に置いて私は駅に向かった。
その途中、何度も何度も電話をかけてみたけれど、いっこうにつながらない。

気持ちがすさんでる、なんて状態ではなかった。
せめて現実逃避できるような小説を買って読みながら帰ろうと、
本屋さんに立ち寄った。その時に選んだのが「天使の卵」だった。
村山由佳を買うのも読むのも、その時初めてだった。
本も買ったことだし帰るか、と、まさに垂水駅に着こうとした時、
彼氏から電話がかかってきた。
携帯を家に置き忘れたまま、みんなで食材を買いに行ったらしい。

帰ろうとしていたけれども、思いとどまって彼氏の家に戻ったら、
彼氏の友人たち(一人除いてみんな外国人)が料理にいそしんでいた。
そしてみんな、軒先にビールを置いて帰ろうとした私のことを心配していた。
私は彼氏の顔を見た瞬間、張りつめていたものがプツっと切れて、
涙を抑えることができなくなり、客のいない2階に駆けあがって延々と泣いた。
彼氏の友達が大勢来ている場で、私は彼女として晴れ晴れした顔でおもてなしを
するべきだったろうし、彼氏もそれを期待していたけど、
そんなことは一切できなかった。
とはいえ、2階でこもりっきりになっている訳にもいかず、なんとか涙を収めて、
ひっどい顔で黙りこくって宴の場に座っていた記憶がある。

客人はみんな泊まっていく予定だったけど、私は適当な時間で帰った。
私が帰った後、彼氏は、みんなから、特に親友の彼女から
「もっと彼女を大切にしろ」と
しこたま説教されたらしい。
これもまた、よくあることだった。

あの時、垂水の家に集った友人たちも、私たちが別れてしまったように
みんな状況が変わってしまった。
彼氏の親友カップルも別れてしまったし、いつも仲むつまじかった
国際結婚カップルは離婚してしまい、その事実は彼氏を絶句させた。

思い出せば、京都の家も垂水の家も、修羅ばっかりだった。
一緒に暮らした1年間を除けば、京都も垂水も遠かった。
もちろん、日吉はもっともっと遠かった。

自分に言い聞かせながら、通った遠い道のり。辿り着いた先での修羅。
そんな繰り返しに疲れ切っていた。
別れてしまった今、私は安らいでる。
長くつきあった彼氏と別れた寂しさをまだ感じたことがない。
遠距離で頻繁に会うことがままならなかったので、未だ実感が伴わない。
でも、重い荷物をおろしたときのような安堵を感じている。
淋しいオンナと言われるかもしれないけど、しばらく男はいらない。
近くにいなかったから「おひとりさま」も慣れっこだし。
♪もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対
と、そのうち歌えるようになるかな。
今は、もう恋なんてしない、で気持ちは止まってる。
小倉千加子の言葉を借りるなら、
自分が女ではなく人間だったことに気づいた私には、
男との恋愛は、もはや容易なものではない。