はじめに

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2012年5月14日 (月)

最終練習

5月19日の春コンに向け春コン最後の練習でした。
が、午前中は衣装打合せ、午後から挙式1ヶ月前の打合せ。
2時間かかると言われていた午後の打合せを巻き入れまくって1時間強で終わらせ、練習場へ。
当初OB練習の最後の枠でも間に合わない状況だったので、最後だけど代行練習になることを覚悟したのですが、合同練習のOB曲を先に持ってくることで、私の到着に合わせて練習開始できるようにシフトを調整してくれたようです。現役さんたちには、合同練習が2回に割れちゃってお手数だったでしょうが、本当にありがたかったです。
巻きを入れた分、担当曲開始前に少し余裕をもって到着。

ホールでの練習だったので、練習場とは聞こえ方が違います。しばし戸惑います。
指揮台の上で客観的に聴こうという姿勢なのか理由はよく分かりませんが、指揮をしながら後ずさる癖があるみたいで、気付いたら前に出るようにしたけど、それでも何度か片足が宙に浮いて「おっとっと。。」指揮台から落ちなくて良かった。
練習場なら、指揮台は壁の前にあるので後ずさっても大丈夫なんですけどね。

Chickenについては、繰り返しが多いということもあってか、致命的に危ない個所などはないので、通しでの練習のみ。
全体的に暗譜率が高いようで指揮をしていると、いろんな人と目があいます。良い感じ。
譜面から離れることができる分、リズムを意識してもらえている印象を受けます。
バックも非常に良い感じでしたので、皆も乗っかっていけてたみたい。
個人的には、ソロが毎回アドリブなので感動してます。「アドリブ」とお願いしたのは私なんですが。
私もアドリブの練習を再開しないといかんなぁ、と、指揮台で別なことも思ったり。

OB練習の後は、現役さんたちも一緒に合同演奏の現役曲の練習。
あまり練習できてないけど、なんとか皆についていけそうだ。

いろんな指揮者の人が言ってましたが、自分が思い描いていたものが聴こえてくるのは快感です。
皆で練習を重ねないと辿り着けない場所です。本番は楽しく演奏したいですね。
今年は欠席は2回程度で済んだものの、自分の担当曲しか練習に出ることができないなど、最初から最後まで練習に参加できたのが数回だったので、私自身の演奏はどうよってところはありますが、なんとかなる!

練習終わってから春コンのパンフを眺めていて、あらやだ、Chickenの綴りが間違ってるやーん。
私がメール送信した原稿が間違ってた???と思って確認したら、私の方は大丈夫。
一応、ドキュメント制作の仕事をしてましたから、送る前にスペル等のチェックはルーチンでやったよな。
そのままコピペで使わず、入力しなおしたのね。。
これまでパンフの印刷を心配したことないのに、今回はなんとなく、パンフを印刷する前に文字校させてもらえないかな?と思ってたら、そういうことか。。
入稿前に、テキストはWordに一度コピペするなどして、スペルチェックを必ずかけましょう!!!

今回、ジャコ・パストリアスの Soul Intro - The Chicken をやりたいと希望し、実際に担当することになったものの、FUNKが、ジャコパスが、私の手に負えるのか?と、不安ながらの挑戦でした。
アレンジと練習は担当しますが、指揮者の力というより、実際に演奏する皆さんの力をいただきながら、曲というのは完成していくのだと、毎回思います。
曲を出した当初は、OBバンドでやるには難しいのでは?という懸念があちこちから出ましたが、多くのサポートでクリアできたと思います。
多くの人が譜面から顔をあげて演奏する余裕ができるまでになり、本番も楽しんで演奏していただけるものと確信しております。
その前に、私が指揮台で不安な顔せず楽しそうに、ですね。
この春コンが終われば、指揮者として舞台に立つことは当分できないと思うので、満喫したいと思います。

個人的な事情が後から後から発生し、そのたびに「春コンどうしよう」とか「大丈夫かしら」と思うことがたくさんありましたが、こちらも皆さんからさくさんのサポートをいただきながら最終練習までこぎつけることができました。
後は残すところ本番のみ。
楽しく、楽しくやりたいと思います。

2012年5月 9日 (水)

プレリハ

「最近、すごく忙しいんでしょ?」と尋ねられることが多い昨今ですが、実のところ、寝てる時間が非常に多いです。もしくは実家にいるか。。相変わらず身体と相談な毎日です。

そんな中、GW最終日は、春コンのプレリハ。
朝からちゃんと行けるかしら?と不安でしたが、ダンナ氏が気を利かせて(なのかな?)前の日の晩は実家に帰ってくれたので、早く寝て体調調整ができたのもあり、なんとかかんとか。
やっぱり自宅近くから梅田までタクシーだったのですが、走っている道が???
阪急梅田って言ったのにな。。競馬やってるから回避してる???
と思ってたら、やっぱりJR大阪駅と勘違いされていました orz
そんなハプニングがあったものの、集合時間までには練習場に無事到着。

練習シフトを確認しながら「こ、これでは昼休憩まで身体がもたない。。」と、おやつで持参していた柏餅を練習場前でパクついてましたら、いろんな人に笑われました。

午前中は、OBステージと合同演奏と一通りの練習。1曲15分間は、あっという間でした。
合同演奏の練習ではほぼ一年ぶりにアルホンパートの現役ちゃんたちと再会。
現役さんの曲は、ほぼ初見。知ってる曲だったので、周りの音を聞きながら、なんとなーく、それらしーく、皆についていきました。
現役さんの譜面は、フレーズの途中でいきなり 8va up や down、Aの1~8と同じ、といった文字が書かれていたりするので、一人だけ吹いてる位置が違うとか、とっさに「Aの1~8」小節の場所が分からないとか、そういうことが発生します。
とはいえ、大人数の演奏は迫力あって楽しいです。現役指揮者たちは、それぞれ個性があって楽しい。熱いな~、若いな~、とか。私は現役時代から、そんなにテンション高くない指揮者でしたが。

午後からはプレリハの説明とプレリハ。
毎年のことではあるけれど、説明の時は担当曲の前後の状況で自分の動きが変わるので、ちょっと真剣に、毎回質問もして確認しています。
今回は前に影MCがあるので、走らなくても良いけど、影MCの間に指揮台脇まで移動、と。
演奏しているときの位置が上手なので、下手まで舞台裏を移動することになるので、MCない時は足音たてないようにダッシュ!です。

今回は、PAなしで練習場でのプレリハだったので、例年より緊張しなかったかな。
毎年プレリハが一番緊張します。いつも終わったら「ハラホレヒレハレ」状態になりますが、今年はそこまでも。

リハーサルとなると緊張して、いつもより演奏がガタガタになることが多いです
が、そこはリハーサルで分かって良かった、と思うようにしてます。本番までもう一度練習がありますし。
現役ちゃんたちは、2週間あるからうらやましいなぁ、と思いますが、OBバンドの集中力は毎年すごいものがあるので、本番は負けませんよ、と。

疲れはしましたが、途中に何度もコソコソとビタミンCのタブレットを口に放り込んでいたので、気分が悪くなることはなく、なんとかプレリハも終了。
今年はパート写真もちゃんと入りました。(去年はプレリハを途中で抜けたので写らなかった)

現役ちゃんとの合同飲み会にもバッチリ参加。
アルホンパートは、指揮者が多くて、飲み会に参加した6名中4名が指揮者でした。
「Emmeryさんがお酒飲まないなんて!」と言われつつ、ウーロン茶でまったりと現役ちゃんたちとおしゃべりしてました。
こういう楽しみも、これでしばらくお別れですかね。。

今度の日曜日は、いよいよ最終練習です。
が、私は朝から15時頃まで、パッツンパッツンに挙式の打合せが入ってしまいました。(なんせ、1ヶ月前になりましたし、ダンナ氏休みの日を2回も練習でつぶしたから、これ以上回避できず。。)
自分の担当曲のタイミングに到着できない可能性が非常に高く、最終なのに代行になってしまうかもしれませんが、とにかく練習場には行こうと思ってます。

2012年5月 1日 (火)

練習その6(7)

5月19日の春コンに向けた練習6回目のメモ。
いよいよ本番が近付いてきました。

不機嫌な体調との付き合い方がなかなかつかめず、どうしても朝は動けない。。
とにかく自分の曲の練習には、這ってでも行くと決めているので、なんとか準備して行きました。これまでは、吹こうが吹くまいがアルホンとクロマチックを2本持っていってましたが、今の私にはとんでもない。アルホンと譜面だけでもゼイゼイ言っております。
担いで駅まで歩くのもしんどくて、阪急梅田までタク飛ばしてしまいました。。orz
練習場まで本当にしんどくて、こんなので練習できるのかしら?と思うけど、練習場に入って座ると大丈夫なんですね、これが。気持ちの問題なのかしら。

遅刻していったので、4曲目から参加。
アルホン吹いてる分には、身体も気分も大丈夫なんですよね。。
練習全体として、コンサート本番が近付いてきた緊張感が少しずつ出てきた感じ。

私の担当曲、The Chicken に関しては、バックのメンバーが全員揃っていて、大変助かりました。ギターが初めて入るので、どんな感じになるかな?と。
原曲にはギター入ってませんが、他のバージョンでは使用されているものがたくさんありますので、「ワウ系の音」とだけリクエストしてありました。
今回の練習で詰めなくては、と思っていたSoul Intro の後半に関しては、練習開始前に先輩と確認させてもらって、実際の練習では特に何も言わなかったのですが、問題なくクリアしてました。バックがきちんと入れば、フロントと中間はそれに乗っかっていくものですね。
私が口頭であれこれ言うよりも、バックに乗っかる、ということで良し。
細かいことを言い出したらキリないのですが、バックがあれば、みんな乗っかって演奏していくので、この調子でいけば本番も問題なさそうです。
なんだかんだ言っても、同じフレーズの繰り返しですし、ずーっと練習してきてますし。先週の「ないよりはマシ」ベース代打みたいなのは、ほんと上達の糧にはなりません。
アドリブのソロも入って、完成形が見えてきました。

体調悪くなったら、途中で帰ろうと思ってましたが、演奏している分には何事もなく、遅刻して参加できなかった曲の居残り練習も参加。
ジョイントは、OB曲はなんとか頑張りますが、現役曲は現役さんに頑張ってもらうってことで。。全然練習でれてません。

ダンナ氏が「今晩も実家に泊まる」とのことでしたので、今回の春コンで初めて飲み会にも出ました。
今年はなかなか練習にもしっかり参加できないので、飲み会に至るまでなかなかでした。

来週は、いよいよプレリハ。その前日、5日の練習はダンナ氏が仕事だったら参加できるかも。
結婚準備がかなーり滞っておりまして、この連休、ダンナ氏が休めるときは、とにかく動かないといけません。その貴重な休みに春コンの練習が2回入ったので、これ以上、練習でつぶすわけにいかず。。
その代り、プレリハには、這ってでも行きますので。。

2012年4月24日 (火)

練習その5(6)

5月19日の春コンに向けた練習5回目のメモ。

身体が「春眠暁を覚えず」で、なかなか言うことをきいてくれません。
ついでに実家に帰ることになっていたので、準備をしていたら遅刻。
実家には春コン参加は現在も内緒のため
「ちょっと用事があるから夕方にしか戻れない」
と言ってありました。
今回は遠方から参加されている方が多くて、遅刻&早退がとても残念でした。

私の担当曲、The Chicken に関しては、ドラムの代理はいたのですが、ベースの代理なし。
アドリブのソロを入ってもらうのに、ベースがいないのはイタイ。
というか、ベースとドラムをバックにアドリブ演奏する小節が結構長いから、ベースなしじゃ進行が分からない。
仕方ないので、私がキーボードでベースラインを代わりに弾いてみました。
で、自分のリズム感のなさに愕然としましたsweat02
あれではノレない。上達どころか練習の足を引っ張ってしまったなぁ。
詰めないといけない部分が残ってはいますが、全体的にそれなりに聴ける状態にはなっているので、まぁ、なんとかなるやろ、と楽観的になっている私です。

自分の担当曲が終わったら、早退してしまったので、自分自身の練習はあまりできず。
練習を通しで参加するのは、かなり厳しい状況です。
自分で練習しておかないといけないですね。

何食わぬ顔して実家に帰りましたら、玄関で母と出くわし「今頃帰ってきたんか~?」と。
「だから、用事済ませてから帰るから夕方になるって言ったやん。。」な私でした。

2012年4月23日 (月)

名残桜

近くだからいつでも行けると思っていたら、なかなか行けないもの。
最近は実家に帰っていることが多いので、造幣局の桜の通り抜けは最終日ギリギリに滑り込み。
開始直前に通りがかっていた時は、あまり開花が進んでいなかったので、どうかしら。。と思っていたけれど、最終日までには満開。

大川沿いの桜はすっかり葉桜になってしまったけれど、造幣局内の八重桜たちは今が盛りと咲き誇っておりました。

花より団子なもので、八重桜を見ると桜餅食べたいな。。と思ってしまいます。

父方の祖父母の家が造幣局の近所だったので、子どもの頃は毎年見てました。
今また徒歩圏内に住むようになり、新居も現在の自宅近所のため、これまでは育ててくれた家族と見てきた桜の通り抜けを、これからは新しい家族と見ることができるんやな、と、ほこっとしたのでした。

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2012年4月22日 (日)

32 人はそれを婚前旅行と呼ぶ

「お嫁さまへの道」第32話。
タイトルがなんですが、そのまんまです。

2月の連休(土日休みの人には普通の週末でしたが)にダンナ氏と出雲旅行に行きました。
ちょうど出会って2ヶ月記念日。

この旅行を決めたのはお正月に会った時。まだ4回しか会ってなかったので、旅行に誘われた時、
「えーと、旅行って一緒の部屋に泊まるんやんね?もう結婚の約束もしたし、今年40歳になるからカマトトぶったりしないけどさ、それでもさ、あのさ?」
と、私の頭の中ではぐるぐるといろんな声がまわり、返事として「いいよ」って言ったのですが、ダンナ氏いわく、かなり恥ずかしそうに答えてたそうで、そこがまた「萌え」だったらしい。

ダンナ氏は誘った当初、プロポーズ旅行にするつもりだったようです。でも、本人たちの予想以上に話が早く進みすぎたので、旅行の時には両家顔合わせは終わり、挙式の会場、日取りまで決まっており、プロポーズするまでもないというかなんというか。プロポーズ旅行のはずが、ただの「婚前旅行」となったのでした。

お互いに両親から「今週末はなんで帰ってこないのか?」と言われて「前から旅行するって決めてたし。。」と、誰と行くとは口を濁しての出発。(ダンナ氏のご両親が結構古い考えの方で、「いろんなことは結納が終わってから」みたいなところがありましたので。)

付き合いが浅く、1ヶ月過ぎからデートというより打合せになってしまって、ゆっくりいろんなことを話す時間を持てなくなっていたので、この旅行は二人で二日間、旅行しながらお互いの過去について、未来について、たくさん話をすることができて良い機会になりました。

出雲大社にお参りしていただいたご縁に感謝し、旅館では、すっかり夫婦扱いされてちょっぴり照れたり、カニ尽くしで海産物を堪能し、温泉にもつかって、とてもリフレッシュしました。

こんな風に二日にわたって二人でのんびり一緒に過ごせたのは今のところこの時だけ。次は結婚後までお預けですね。

2012年4月21日 (土)

31 式場探し(その2)

「お嫁さまへの道」第31話。この頃から、ダンナ氏とは会ってもデートじゃなくて結婚準備のための用事ばかりになります。

某神社での結婚式にNGが出たため、仮予約してましたが、キャンセルして式場探しをすることになりました。
それから、結納でもらう婚約指輪も探さないといけません。
急ぐのは結納の日が決まっている指輪なので、そちらを優先。
婚約指輪は、父の大学時代の友人(もう亡くなられましたが)の宝石屋さんでまず見繕うことに。お店に行ってみたら、展示会のためお休み。
とりあえず何か見ておかなくてはと、百貨店のジュエリー売り場へ。私が思い描いているようなものがない。
普段から貴金属類を着けない人が、そう簡単に見つけられるものではないですね。

ひとまず、指輪は母に相談することにして、式場をどうやって探そうかな。。と歩いてたら、百貨店のブライダルのコーナーで「ブライダルフェア開催中」の看板を発見し、とりあえず行ってみました。

見ても分からないから、話を聞いてみることにしました。
神前式希望でしたので、会場はおのずと限られることが分かりました。
親戚たちのアクセスを考えて、梅田か難波のどちらかにすることにして、それぞれ1軒ずつ見学させてもらうことにしました。
動けるのは日曜日だけ、そのうえ、なるはや婚希望のため、会場決定を急ぐ必要があり、無理をお願いしてその日に2軒ハシゴすることにしました。

難波のホテルは18時半から、梅田のホテルは20時半から、それぞれ予約してもらい、出かけて行きました。終了予定時刻は22時半です。難波のホテルは19時半過ぎには説明を終わってもらえるようにと、最初にお願いしてありましたが、それでも駆け足です。式場見学は通常2時間程度のようですが、私たちは「神前」と決めてましたので、チャペルは飛ばせるため少し時間短縮できました。

難波のホテル見学の前に少しだけ時間があったので、そこでダンナ氏タバコ休憩。
22時過ぎまで食事する時間もないから、少しおなかに入れて出発。

1軒目のホテルは、私たち自身もホテル見学は1軒目のため、何がどうかって、みたいな感じ。学生時代に室内清掃のバイトしてたり、友人の結婚式や、いろんな機会で何度も使っているホテルなので、慣れ親しんでいたせいかも。
ダンナ氏が「これ!っていう決め手がないなぁ。担当者の人が『うちのホテルで挙げてくれ!』っていう何か『押し』を出してくれたらいいんだけど」と言っておりました。私は「比較対象がないから仕方ないんじゃない?」と返しつつ、梅田のホテルへ。

2軒目のホテルは、宿泊したことがあるのでチャペルがあるのは知ってたのですが、神前式にもかなり力を入れているとは知りませんでした。室内にある立派な神前式用の施設と同じフロアにある和風の披露宴会場に驚きました。一般的にホテル内の神前式会場は親戚のみ参列できますが、ここはチャペル同様、親族以外のお客様にも参列してもらえます。
ダンナ氏が言ってた『押し』も、このホテルにはあったのです。案内してくれた担当者が男性だったせいか、ダンナ氏もリラックス?して話をして、うまくその自分が欲しかった『押し』を引き出すことができたのです。
お互いの両親の了解をとる必要はありましたが、二人の間ではこのホテルで挙げようと、仮予約だけでなく申し込み金も一部払ってきたのでした。(そのあたりも、担当者が上手に『押し』てくれたのです。)

終わったら22時過ぎてました。そこから夕ご飯を食べに行ったのですが、本当に疲れましたね。でも、気に入る式場を見つけることができて安心しました。
こちらの会場は私の両親からもOKが出ましたので、更に安心。。

2012年4月20日 (金)

30 困惑

「お嫁さまへの道」第30話。
家族と離れて暮らしているので、結婚準備をうまく進めるのは至難の業となってます。
お互いの思惑が離れていると通じにくいし、両親が欲しがっている情報をちゃんと渡せていなかったり、こちらの準備不足や認識不足も多々あり、苦労してます。「1を聞いて10を知る」の文化ではなく、意思疎通のために1から10まで懇切丁寧に説明しないといけない異文化の人たちと長く働いてきたり、私自身もアメリカに生活してたりで、日本的なナニカが欠落している部分があるのは自覚しているのですが、コミュニケーションについて苦労してます。

自分の意思だけでは決められない。
ダンナ氏との意思だけでも決められない。
私の実家の意思だけでも決められない。
両家が合意して初めて進む。

何かするたびに「実家に帰って両親に確認する」という作業を入れる必要があり、実家にあまり帰ってなかった私も2月は毎週のように帰ってました。

某神社での結婚式に私の家族からNGが出たため、式場探しをする必要が発生しました。
とにかく早く挙式してしまいなさい、と言われているので、のんびりしていられません。
ダンナ氏が動けるのは日曜日のみ。式場もだけど結納らしきことをする準備も必要。
2月はてんやわんやでした。
時間を作るのに、とにかく週末の予定は、すべてキャンセルしました。

当初、結婚は秋頃って考えていたのは、春コン終わってから準備をしたかったから。
でも、そういう訳にいかなくなり、春コンどうしよう。。と悩みました。
すでに指揮者としてエントリしちゃってたし、提案曲も提出済み。でも、やっぱりここで辞退しようか。。
かなり悩みました。今年は辞退して来年、と考えたりもしたけど、今年参加できないなら、来年はもっと参加できなくなる。この時すでに、私の中でひとつの予感がありました。
大変は大変だろうけど、とにかく今年の春コンは参加しよう。やりきろう。

このあたり、ダンナ氏は協力的っていうか、私がどれだけ趣味にお金と時間と情熱を費やしているかを知らなかったので
「やったらいいやん。コンサート、僕も見てみたいし。」と一言。
正式に結婚することが決まってたから良いものの、過去に同様のセリフを言っておきながら「趣味を優先し過ぎ」と破談になったことが数回あるので不安も少々。
ただ、ダンナ氏は土曜日は仕事でいないから、バレにくいかな、と思いました。

この決断は、今となっては正解だと思います。これまでも大変でしたが、これからもっともっと大変になっていくでしょう。無理をしてでも今年参加しておいて良かったと思っている理由は、そのうち明らかになります。

春コン以外、趣味習い事、先約は、涙をのんで全部諦めました。
最初はこなせるだけこなしてみようと試みたのですが、一つの身体では時間、体力、気力に余裕がなく、全部諦めないと、とてもじゃないけど間に合わないそうにありませんでした。
今、振り返ってみて、2月は本当に綱渡りの日々でした。

2012年4月19日 (木)

29 式場探し(その1)

「お嫁さまへの道」第29話。

結婚に向けて、具体的に動き出します。
両家顔合わせの時点で、ダンナ氏と出会って1ヶ月半。お互いがどういう人か、ということを知りつつある段階。まだまだ初々しい状態で、結婚すると決まっても、年内にできたらな。。という意識でしたから、どんな結婚式をしたいとか、具体的な話はしたことありませんでした。

なんとか無事に両家顔合わせが終わり、両親と仲人さんにご挨拶して別れたら、まずは「タバコ吸いたい!」というので、喫茶店へ。ずっとタバコ吸わないで過ごしてたもんねぇ。

その喫茶店で初めて「どんな式を挙げたい?」という話を二人でしました。
私はとにかくチャペルでは挙げたくないとか、プロフィール紹介ビデオはやりたくないとか、花嫁の手紙は絶対に読みたくないとか、「やりたくない」ことを列挙。とくかくシンプルなのが良いと。

キリスト教系の大学で、学校や同窓会館のチャペルで神学部長が式を執り行っているのを何度も見てきたせいで、初めて商業ベースのチャペル・ウェディングに列席したとき、外国人の牧師さんの妙なバイリンガルの進行に、ひっくり返りそうになったのでした。それから何度かチャペルの結婚式に出席したけど、なんで牧師さんは外国人なのかと、いつもいぶかしんでおり、私はあんなのやりたくねー、と、常々思っていたのでした。親不孝者なのでしょうが、バージンロードを歩くのも恥ずかしくてしたくなかったし。見る分には良いけど、いつか自分も、、なんて憧れはしなかったなぁ。

もう、とにかく私にとって恥ずかしい系のものはやりたくなかったです。その辺、先に結婚した妹も同じで、妹はチャペルで挙式しましたけど、プロフィールの映像なし、花嫁の手紙なし、同じように「あんな恥ずかしいこと、できるか」と言っておりました。やっぱ、似るんだな。

もし、ダンナ氏がチャペルでの結婚式じゃなければ!といったこだわりがあるなら、合わせても良かったのですが、そんなものあるわけなく、問題なし。

「私、神前が良い。」の一言で、神前結婚することに決まり。

そうとなれば即、行動。私がお宮参りや七五三でお世話になった神社へ。神社併設の結婚式場で
「予約してないけど、話を聞かせてもらえますか?」
とお願いしたところ、
「一通りの説明に2時間程度かかりますけど、お時間よろしいですか?」
とのこと。そんなにかかるの?と、ちょっと驚きました。
実際の式場や披露宴会場も見せてもらうので、時間がかかるんですね。父方の祖父母もこの神社で結婚式を挙げ、向かいの料理屋さんで披露宴をしたと聞いていたのですが、その会場も見ることができて、ちょっと感慨深かった。

で、思い出いっぱいの神社で挙式!と自分の中で決めちゃってたけど、そこから私の実家の方でこの件につき、一悶着あったのでした。この悶着については、書いて気持ちの良いものではないので書きません。

どんなに祝福された関係であっても、「結婚式」って簡単じゃないってことを、最初の最初に思い知らされたのでした。それは、準備が進んでいる今現在も。。「ああっ、めんどくさーっ」て思うことが多々あります。式が終わったら「やってよかった」って思うのでしょうが、元々、結婚式に憧れがなかったせいもあり、今現在は「結婚式なんてスルーしたかった」というのが正直なところ。。面倒なのは式だけじゃないか。。
(どれだけ大変な思いをしてるか、なんとなーく想像していただけるかと。)

2012年4月18日 (水)

28 両家顔合わせ

「お嫁さまへの道」第28話。

1月最後の日曜日に両家顔合わせをしました。
この頃は、結婚するということに対して、まだ自覚が本当になかったです。(まだ出会って1ヶ月ちょいですからね。)本来なら、前日に実家に帰るなりしておくべきだったのですが、当時はまだ会社での仕事が忙しく疲れていたし、日曜日はダンナ氏と会ってたので、お正月以降、実家に帰っていませんでした。電話もしてなかったので、すごーく怒られましたね。。

前日だったかな、ダンナ氏に
「ひとつ約束してほしいことがある」
と言われました。約束してほしいこと??と思ってますと、
「僕はEmmeryの両親を大切にするから、同じようにEmmeryも僕の両親を大切にしてほしい」

ダンナ氏は、プロポーズこそしてくれてませんが、こういう系のセリフは、かなーりキチンと口に出して言う人です。

当日は、ワクワクするけど緊張しました。何せ、初めてダンナ氏のご両親に会うだけじゃなく、私の両親にも会ってもらうのですから。その前に、私は会場でまず、母から連絡不行き届きについて、ガッツリ怒られましたが(^^;

とあるホテルの個室に両家家族とそれぞれの仲人さん、合計8名での会で、司会は仲人さんがしてくれます。

両家共に、それぞれの仲人さんに、お酒が入って忘れないうちに、、と成婚料をこそっと(と言っても見えてますが)お支払い。お見合いは、都度都度、仲人さんへの謝礼が発生します。価格は様々です。今回の仲人さんは、仲人協会みたいなのに所属しておられるのでキチッと決まっていて明朗会計です。関西の世話焼きおっちゃん、おばちゃんの協会みたいなところなので、お値段も大手の結婚相談所よりもリーズナブルです。(実は某大手結婚相談所にも登録していたので詳しかったりします。)

乾杯の後、ダンナ氏のお父さんがいきなり
「息子とEmmeryさんの結婚をお許しいただけますでしょうか。」
と言い出しました。この時、ダンナ氏は「わちゃーっ、言いおった。。」と心の中で思っていたそうです。お見合いとはいえ、本当に自分の息子が私の家族に受け入れてもらえるのか、本人を見たら結婚を反対されるのではないかと、かなり心配されていたようです。電車の中でずっと「ホンマに大丈夫やろか」と言ってたとか。父が
「許すも何も、こちらの方こそ娘を嫁にもらっていただくのですから。。」
と返し、お父さんに安心していただいた次第。

ダンナ氏のお父さんが、「先に確認しておかないと心配で心配で。。」と言っておられました。ダンナ氏も、たいがい「僕で大丈夫なのか。反対されてないか。」と心配してましたが、ご両親の心配はそれを越えていたようです。恋愛結婚ならいざ知らず、お見合いですから決まってから認めないも何も、、なんですけどね。

私はこの時、「あぁ、父子やなぁ」って感心してました。というのも、乾杯をした直後に確認したいことをいきなり切り出したのは、息子であるダンナ氏も同じだったから。

いつもは出てきた食事は、あっと言う間に手をつけてしまう私も、この時はさすがになかなか手をつけられなかったです。

会食の間に、今後の流れについて。
仲人さんから、両家顔会わせから1ヶ月後を目安に結納らしきことをしてください、とのこと。1月末でしたので、3月にどうですか?と仲人さんから提案されたのですが、速攻、私の両親が、おめでたいことは早い方が良いから2月中にしたいと言い出し、2月最後の日曜日は御日柄も良いことが分かったので、その場で決定。結納らしきことをしたら、結婚式そのものは、両家の都合で決めれば、いつでも構いません。

「結婚式はいつするつもり?」
と尋ねられて、
「秋頃かなぁ?」
なんて、のんびりと返事したら
「それは遅すぎる。」
と両方の両親から「早く式も挙げてしまいなさい」のプレッシャー。
「今からだと夏の暑い盛りになってくるから、それじゃ衣装が大変じゃない?」
と言ってみたのですが、
「秋よりも早ければ夏の暑い盛りでも一向に構いません」
とにかく一刻も早く、の一点張り。
んんん、、じゃあ、なるべく早いタイミングで式も挙げるように式場を探します、、みたいな。

とりあえず両家共に「気が変わって結婚しない、なんて言い出さない前に、この二人をとにかく早く結婚させてしまわなくては!」の気迫で満ちておりました。言うなれば、準備が整うなら明日にでも式を挙げてくれ、みたいな、それくらいの気迫でありました。

終わったら、すごく疲れてしまいました。
でも、それで終わりではありません。
その日から結婚準備本格開始。ぼんやりしてる時間はありません。さっそく式場探しと向かったのでした。