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2012年2月 8日 (水)

7 何と呼ぼうか

「お嫁さまへの道」第7話
やっと初日(初夜じゃなくってよ)の話が終わって、次に向かいます。

ダンナ氏の仕事が忙しすぎて年内に会うのは難しい状況ではあったのですが、ダンナ氏も時間をあけると良くないな、と思ったみたいで、翌週の日曜日になんとか時間を確保してくれました。

メールのやりとりをしていたのですが、私はダンナ氏のことをなんと呼んだらよいのか悩みました。これまでのお見合いであれば、迷うことなく相手の名字にさん付けで呼んでたけど、このときは「それってどうよ?」と思ったのです。
名前の呼び方で関係性が決まると言っても過言ではないから大切やな、と。
そんなことを考えてしまうところが、これまでとは違ったんですね。

名字にさん付け?
同じ歳だから君付け?
それとも下の名前にさん付け?

悩んでしまったので、私から名前で呼びかけることはなく、(知ってる人は知ってると思いますが、たいていの場合、私のメールは相手の名前を呼びかけるところから始まります)メールを交わしてました。
そんな中、最初は名字にさん付けだったダンナ氏からのメールが、下の名前にさん付けになりました。
これ、ちょっとヤバくないですか?
一歩こちらに踏み込んできた印象を受けたんですね。
次に会った時に、呼び方について確認をとらなくては、と思いました。

携帯メールはとにかく面倒くさい私なのですが、頑張って当日中、遅くても翌朝には返信しました。後でダンナ氏が「返事が速くてありがたかった」と言うてました。意図は通じてたみたい(笑)

メールは次回に向けての事務的な内容だったけど、私の中で、ざわざわとしたものが日々、ふくらんでいました。

多分、この人と結婚することになるんだろうな。

具体的な理由はどこにもなかった。
この人!という決め手もなかった。
でも、何か感じるものがありました。

2回目に会う前夜が、関学ハモソの定期演奏会と忘年会。
Nくんと二次会に流れたとき、いい加減、酔ってたというのもあってか、
「私、結婚しようと思ってるのよね。」
と言ってました。多分この時が、私がダンナ氏との結婚を口にした一番最初です。
Nくんは、私が一般的な意味合いで言ってると思ったようで(当たり前か)
「結婚しようと思った時が結婚適齢期らしいですよ。」
なんて返されたんですけどね。

2012年2月 7日 (火)

6 初日の夜

「お嫁さまへの道」第6話。
やっと初日の話が終わります。

お見合いは、会った当日、もしくは翌日、とにかく早々に仲人さんにOKかNGの返事をしなくてはいけません。
普段のお見合いは、早々に切り上げて仲人さんに連絡していたけど、この時はライブに行ったため夜まで一緒だったので、別れた後、携帯電話を確認すると、いつもみたいに電話をしてこない私を心配?した仲人さんから
「今日はどうでしたか?電話ください」
と伝言が入っており、折り返しOKのお返事をしました。

この仲人さんからの話は、いつも私から断ることができない状況で、これまでも「様子を見たい」として、断ったことはなかったのですけどね。
このときの「OK」は、ちょっと気持ちが違ったな。

帰宅しながら、ダンナ氏の仕事が忙しすぎて、年内に会う時間を作るのは難しい、
と言ってたのを思い出し、それはちょっと困ったな。。と。
勢いがあるうちに、もう少し転がしてみたいと思ったのです。
時間が空くと、どうしてもテンション下がりますからね。

それと、連絡先を教えてもらってないから、私から連絡できないしな、とか。
(仲人さんには連絡先は交換したと言ってしまったので)
これは杞憂で、当日中にダンナ氏からメールをもらいました。
次回については、また調整してみる、とあったので、まかせることに。

そうそう、自宅に帰り着いて、まずやったのは、捨ておいてあった釣書を取り出して、ダンナ氏の名前確認(爆)
こんな名前だったのか、、と。おいおい。。。

初回に相手に対して「良い感じ」と思った経験は過去に何度かあったのですが、問題は2回目以降。
会う回数を重ねると「結婚」が迫ってくるから(お見合いだからね)、これまで何度「この人でいいの?」と不安になって嫌になって逃げたことか。
なので、この時点では次回会った時が、自分の中の気持ちとの勝負やなと思ってました。

そして、前日に散々「お見合い、うざい」とぼやき倒した友人に報告メールをいれたのでした。

2012年2月 6日 (月)

5 →Pia-no-jaC←のライブ

「お嫁さまへの道」第5話
書いてたら、あれこれ思い出して初日の話がまだ終わらない。。
なわけで、まだ初日の話。

→Pia-no-jaC←のライブの開場時間になったら、早々に会場入り。
ダンナ氏は、→Pia-no-jaC←なんて知ってるわけもなく、また、ライブそのものも初体験。
前回のライブ参戦時に配られたチラシ先行で買ったチケットだったので、席は前方。

→Pia-no-jaC←を聴いたことなくても、そもそもの音楽の趣味から、多分、楽しめるに違いないと思ってました。
仕事が相当過酷な時期だったので、クラシックみたいに穏やかな音楽だったら寝てしまうと思う、と本人は言ってました。
まだお互いの間に緊張感が残っていて、ホールに入って席についてしまったら、とりたてて話すこともなく、入場時に配られたチラシなんぞ見て、沈黙の時間を過ごしてしまいました。

私は目がそんなに良くないので、ライブの時はしっかり見るために眼鏡をかけます。
いつも通り、開演前に眼鏡を取り出し、かけようとして「!!!」となりました。
ダンナ氏と私の眼鏡の色が同じ赤じゃないか。。
「眼鏡の色がおそろいですね」と言おうか言うまいか悩んで、言わないことにして、おそろいがバレたら恥ずかしいから、場内が明るくなる前に眼鏡を外すという荒業を(^^;
まだ、警戒モードやったんですね。

後日談ですけど、ダンナ氏もライブ中に私が赤い眼鏡をかけてたのに気付いて
「同じ赤やな。。」
と思っていたんだそうな。
こんな感じで、まったく同じ物でのおそろいではないけど、テイストが似たものを二人それぞれ持ってるってことを、この後、会うたびに見つけることになるなんて、この時の私はまだ知らない。。

ライブが始まってからも、→Pia-no-jaC←初体験、そのうえライブそのものも初体験、という人がどんな反応を見せるのかと、ライブ半分、隣のダンナ氏の観察半分ってところでした。
→Pia-no-jaC←のライブは参加型で、HIROが客席をすごーく煽るのです。
煽りに引くことなく、ちゃんとのっかっていってる姿を見て、
「ノリも良し、か。」
と、ひとりごちたのを記憶してます。

座って聴く静かな曲の時、寝息をたててるのを見て、
「あぁ、本当に疲れてるんやなぁ。」
って、しみじみしちゃったり。(起こしたりはしませんでした。)

→Pia-no-jaC←のライブを行ったことがある人はご存知のことですが、ライブの最後はお客さんも隣の人たちと両手をつなぎます。
ライブ盤のジャケット写真のコレです。

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これがあるから、嫌な人とは観に行きたくなかったのです。
6月のライブの時はワンマンが初めてだったので、どうしたら良いのか戸惑ってたら、隣のお兄さんが「いいですか?」って声をかけてくれたのを覚えてます。
さて、ダンナ氏はどんな反応を?と思ってたら、当然のように私の手を取ったのでした。
ちなみに、逆隣も男の子で、→Pia-no-jaC←初心者ではなかった(ライブ前の会話で分かってた)から、彼も何も言わないで当たり前のように私の手を取ってましたけどねw

・・手をつないでも、嫌じゃなかったな。。

心の声がポトリと落ちました。

ダンナ氏は、「初日から手をつないでしもた。。」と思ったらしい。

→Pia-no-jaC←のライブは、客席参加型ということもあって、一緒に観ている間に、何かが起こったみたいです。
ライブが終わった後、私は中之島線で帰るから、と、早々に別れてしまったのですが、
「なんか良い、かも。。。?」と。
後日談ですが、ダンナ氏も、→Pia-no-jaC←のライブを観ているうちに
「この人とは波長があう」
と思ったのだそうです。

出会いという意味では、仲人さんが作ってくれましたが、そっぽを向いてた私とダンナ氏をお互いに向い合せたのは、→Pia-no-jaC←の音楽。
という訳で、→Pia-no-jaC←には、非常に感謝しているのです。

ダンナ氏は登場しませんが、当日の→Pia-no-jaC←のライブレポは、コチラ

2012年2月 5日 (日)

4 赤外線

「お嫁さまへの道」第4話。
まだまだ、まだまだ初日の話をひっぱります。

梅田から堂島リバーフォーラムまで、ぶらぶら歩いて行きましたが、それでもライブまで時間が微妙に余る。

朝日放送のビルにも行ってみたけど、堂島って、そんなに見るところないですしね。
寒いから、外で時間をつぶすこともできず、とりあえず入ったお店がMamezo&Cafe

携帯電話が普及した今は、初回のお見合いが終わって、仲人さんにOKのお返事をしてから相手の連絡先を尋ねるよりも、当日別れるまでに直接交換、というパターンが増えております。
もちろん、その場では尋ねず、仲人さんに返事してから仲人さんから連絡先を教えてもらって後日連絡いただくパターンも当然、今でも存在します。
(結婚相談所だと、連絡先交換について決まりごとがあります。)
「連絡先を交換しませんか?」は、「交際を続行したい」という意思表示みたいなものです。
ダンナ氏が「連絡先を・・」と言い出したのは、この場でした。
携帯電話の使い方がよく分からなくて、赤外線受信はできるけど、送信方法が分からない。受信も、できたりできなかったり、、だそうで、私が送信して、受信についても、赤外線を受ける場所が携帯電話にあるはずよーって、探してあげて、なんとか受信してもらいました。
その場でメールなり電話してくれることはなく、
「後でメールするから」
って言われて、これってとりあえず義理で尋ねた可能性もあるよな、連絡なかったら気がないってことよなーって、思った記憶があります。

連絡先を尋ねてきたにも関わらず、ダンナ氏が私に好意があるのかないのか、この時点では私にはよく分からんかった、ということです。

2012年2月 4日 (土)

3 話が違うことない?

「お嫁さまへの道」第3話。
まだ出会った当日の話をひっぱります。

お見合いの会場は天王寺だったので、ランチとも夕食とも言えない微妙な時間に軽く食事をしてから→Pia-no-jaC←のライブ会場がある堂島まで移動。
なんとも微妙な時間帯だったので、歩くのは嫌いじゃない、とのことだったので、梅田から堂島まで歩くことに。

途中で「タバコ吸っていい?」と尋ねられて「・・・!?」となった私。
釣書には、タバコ吸わないってあったはずなのに。読み違えたのかしら。
私はとにかくタバコの煙が苦手。
タバコを吸ってる人が夫になるなんて、想像もしたことないというか、あり得ない話でした。
ダンナ氏は、いろいろと言い訳してましたので、かなり気を遣ってることは分かりました。
「周りで吸ってる人がいっぱいいるから大丈夫」と、私もフォロー。

後日談として、私の釣書にタバコはダメとあったので、タバコはとにかくギリギリまで我慢したんだそうな。
タバコが原因で私からNGが出るかもな。。と思ったりもしたらしい。

仕事内容も、話を聞いてる限り、釣書とは明らかに違う。繁忙期だから、一時的に違うのかしら?と思ったり。
釣書の嘘(っていうか、仲人の勘違い、かな?)は、他にもあったのですが、まぁ、仕方のないことです。本人作成のものではなかったし。
ただ、釣書ってのは、釣り上げるためのものでもあるから「嘘」と書くとなんだけど、ちょっと「盛ってある」ことはありますね。

私はIT系に強い人が好みなので、自宅でPCを使ってるか尋ねたら、持ってもいないと。
私の周りが特殊なんだろうと思うことに。

向こうは私の名前(名字にさん付けだけど)をちゃんと呼んでくれるのに、私は相手の名前を覚えてなくて、今更尋ねることもできず、「しまったな。。」って思ったり。

梅田から堂島リバーフォーラムまで、ブラブラと話しながら歩いていて、
あら?話が違うことない?
と感じることが、ポロポロ出てきましたが、私の中でマイナス要因になることはありませんでした。
これまでのお見合いだったら、確実に減点でしたけどね。良い、とまではいかないものの、いつもの私ならNGを出してることもNGにならなかった。

そのあたり、今思えば私の無意識は、既にダンナ氏に対して好印象を持っていたのでしょう。

2012年2月 3日 (金)

2 初対面の時

「お嫁さまへの道」第二話。
お見合い当日のこと。

うざい、いやだ、行きたくない。お見合いなんかしたくない。
正直、そんな気持ちしか私の中にはありませんでした。

12月11日は、→Pia-no-jaC←の大阪公演のチケットを2枚持ってました。
6月のライブで感激して、12月には一緒に行ける人がいてるに違いない、というか、一緒に→Pia-no-jaC←を観に行ける人をそれまでに作ろう、と思ってチケットを2枚買ったのです。
なのに、一緒に行く人が、、できてない!

お見合いが入ってしまったため、困ってしまいました。
そもそも行きたくないお見合いなんだから、コンサートを理由に切り上げたらいいや、なんて、何人か誘ってみたのですが、ことごとく「都合が悪い」のお返事。
これは見合い相手とライブに行けってことかなぁ?と思いつつ、「でも、そんなんいやや」と、とっさに思う。

ふと、思い立ってマナカードを1枚ひいてみたら、出たカードが「前進」
今日のお見合い、悪くはなさそうやな、と思い直して、良い人なら一緒にライブを観に行けばいいし、嫌だったら隣が空席でもいいやっていう気持ちになって待ち合わせ場所へ。

顔が判別できない写真だったので、紹介されてダンナ氏の顔を初めて見たときの印象は、
「悪くないやん。モダンチョキチョキズの矢倉さんに似てるなぁ」でした。
(矢倉さんと言っても、もう15年前の頃の姿ですが。)

とはいえ、そもそも、うざいと思って出てきたお見合い。
紹介されながらも気持ちはそっぽ向いてまして、名前も右から左に抜けていっておりました。
あんまり気がなかったのは、ダンナ氏も同じで
「仕事が忙しい時期だから、年内に会う時間を作るのは無理だと思う」
と言ってて、私は
「クリスマスもお正月もパスできるのね。それは結構、結構。」
なんて思ってた始末。

私が「12月の見合いが一番うざい」と言ってたのと同じように、ダンナ氏は「こんな忙しい時に見合いさせるな。休みの日は少しでも寝たいっつーねん」とお母さんに電話でキレてたとか。二人とも嫌々ながら出てきてたんです。
今になれば、無理強いした人たちに感謝なんですが。

早々に仲人さんたちが退散してしまい、「あとはお若い二人で」と放り出されるのは毎度のことなのですが、ダンナ氏と同じ歳ということもあって、なんとなくいつもより気楽に話ができました。
この人となら、一緒に→Pia-no-jaC←のライブに行ってもいいかな?と思ったので、
「ライブに行く?」と尋ねたら「行ってみたい」との返事だったので、一緒に行くことにしました。

この時点では、まだ「悪くない」印象でとどまっております。

2012年2月 2日 (木)

1 発端

私の結婚までの道のりをセキララに語っちゃおう、という新カテゴリ、第一話です。

何事にも「始まり」があります。
私の「お嫁さまへの道」も然り。

夫となる人(今後はツイッターと同じく「ダンナ氏」とします)と出会ったのは去年の12月11日のことでした。それも、忌み嫌っていたお見合いで。

紹介してくれる人がいて、私から「会いたくない」と言えない状況だった為、去年はとにかくお見合いをいーっぱいしました。
ここには書きませんでしたが合計6人と会ったのかな。
で、ダンナ氏は6人目でした。
元々予定されていたお見合いの話が流れてしまい、ダンナ氏はピンチヒッター的にセッティングされてきたのです。

たいがいお見合いにうんざりしていた私は、送られてきた釣書を一瞥して、「どーでもいいわ」とうっちゃっておりました。
だって、写真はコピーをどれだけしたの?ってなくらい顔が判別つかないような代物で意味をなさなかったし、学歴も職歴も興味をひくものではなかったし。
失礼なことに名前さえも頭に留めず当日を迎えたのです。

それでなくてもうざいお見合い。中でも12月のお見合いは特にうざい。
私の誕生日があるし、クリスマスはあるし、お正月もすぐ来るし、バレンタインデーも近い。
イベント続きだから、相手に気に入られたら、うざくて仕方ない。
(過去に実際、非常にうざい経験をしたことがあるので。。)

そんなこんなで「あー、お見合いしたくない。行きたくない。うざい、うざい。。」
とぼやき倒しておりました。
実際、前日にお誕生日ランチをした友人に、どれだけ「うざいねん」とぼやいたことか。

でも、その反面、私の中で「近々、夫になる人に出会うであろう」という予感めいたものがありました。なので、お見合いはうざい、とか思いつつ、お見合い用に洋服を買いそろえてしまいましたからね。

こんな調子で、出会いの前ってのは、もう嫌で嫌で仕方なかったのです。
でも、嫌だからとキャンセルしてたら、ダンナ氏に出会えなかったわけで、そこに運命の妙ってあるな、と思うのです。

2012年2月 1日 (水)

新カテゴリ

ツイッターでは、包み隠さずリアルタイムで出していましたので、ご存知の方はご存知のことですが、ここいらでブログでもちゃんと発表?したいと思います。

私事ですが、結婚することになりました。
それも、超スピードで。
当初は結納を3月、挙式は秋口と思っていたけど、「それじゃ遅すぎる」と両親からのプレッシャーで結納を2月末に、挙式は6月で仮押さえ中。
自分の中ではそれでも十二分に早いと思っていたけど、もっと早く、という両親のプレッシャーが治まらず、会場がとれたら4月挙式かも、という状況です。

夫になる人とは、去年12月に出会ったので、まだ2ヶ月も経ってないのですが、まさかこの私にこんなことが起こるなんて、の連続です。

これまで、ほのめかすことはあっても、ちゃんと書いてこなかったのですが、なかなか面白い道のりですし、後々、初心を思い出せるように、久しぶりにセキララをやろうかと。

てなわけで、新カテゴリを作ることにしました。
「お嫁さまへの道」なんてね。

2012年1月31日 (火)

一月が行く

1月は行く
2月は逃げる
3月は去る
って言うけど、1月があっという間に行ってしまおうとしてます。。

今年はブログもしっかり書くつもりでしたが、後半はまったく余裕がなく31日。
相変わらず、激動の毎日を過ごしております。
いろんなことが一気に動き出し、私の人生の主人公は私自身なのに、あまりの激しさに振り落とされるのではないかと思うくらい。
人生のあれやこれやが、3倍速で起こり、進んでいます。

2月は逃げると言いますが、どんな月になるのでしょうか。
会社員生活を2月いっぱいで終えることになりましたので、引継ぎやらなんやらで、あっという間に過ぎるんだろうなぁ。

2012年1月17日 (火)

この日

阪神大震災から17年。
去年、東北の震災があったから、なんとなく意識が薄くなるけど、やっぱり忘れてはいけない日、と思う。

今でも、あの日のことは忘れられない。
「その街の子ども」ってドラマが2年前だったかな、ちょうど今やってる「カーネーション」と同じ脚本家さんが作ったらしいけど、なんか印象に残ってる。何年たっても、その場にいなくても、消えないものは消えない。

忘れてはいけないことって、風化させてはいけないことってあるな、と、早朝から祈ったのでした。